塩野七生さんの作品は『男たちへ』などのようなエッセイ集が出るたびに読んでいましたが、『ローマ人の物語』はあれだけの大長編ですから、いつかは読みたいと思いつつも日々の仕事に追われ、「読めるのは定年退職後かなあ」と思って過ごしていました。手にとるきっかけになったのは、2009年6月に、まったく身に覚えのない容疑で逮捕されたことでした。
拘置所での出会い
保釈申請がなかなか認められず、身柄の拘束は164日にも及びましたが、勾留された大阪拘置所では本を読む時間だけはたっぷりとありました。さまざまな本を差し入れてもらい、およそ150冊の本を読みました。勾留されて3ヶ月ほどたったころ、今だったら『ローマ人の物語』が読めるぞと気がつき、夫に文庫本を差し入れてもらって、2日に1冊ぐらいのペースで読んでいきました。
検察の取り調べを受けている間は可能な限り仕事のことは考えないように努めていました。逮捕・勾留され、仕事をしたくてもできない状況の中で仕事のことを考えると、辛くなるばかりだったからです。しかし『ローマ人の物語』を読み進めていると、否応なく仕事の感覚に引き戻され、大きな制度改革をする時に、どうしたらうまく行くかというようなことを、懸命に読みとろうとしている自分を発見しました。古代ローマ帝国の皇帝たちは、さまざまな時代や環境に必死になって対応していきますが、その軌跡を追いかけ、読み進めていくと、2千年も前の話なのに実に生々しく感じられるのです。
改革者はどこからやってくるのか
『ローマ人の物語』には、社会を大きく変えたリーダーたちが描かれますが、興味深いのは塩野さんが「改革の主導者とはしばしば新興の勢力よりも旧勢力の中から生まれるものである」と述べていることです。理想に走りすぎず、現実を厳しく見つめ、それを踏まえた上で歩みを進められる、あるいは過激な改革を目指しつつも、現状維持を望む人たちが受け入れられる形として提示できる、そういう人々こそが改革へと向かい、成し遂げることができるのかもしれません。ローマが共和政から帝政へと移行するプロセスなどはまさにこの典型のように思います。
私は行政官でしたが、自分の仕事を振り返ってみて、何かを変えなくてはいけないという時にそれが大きな変化であればあるほど、理想に走るだけでは失敗すると思っていましたが、『ローマ人の物語』を読み、その実感を深めました。この本は現実に向き合い、社会を変えていくためには何が必要なのかを“考えるヒント”に満ちています。