社会

熊本地震で広がる心ないデマ――陰謀論から「自衛」するための情報的健康法

2026年8月7日


<span>熊本地震で広がる心ないデマ――陰謀論から「自衛」するための情報的健康法</span>
shutterstock/2438744979

1995年に「ウィンドウズ95」が発売され、翌年に「Yahoo! JAPAN」や「Hotmail」のサービスが始まってから30年、誰もが自由に情報を受発信できるインターネットは人類の生活に大きな恩恵をもたらす一方、偽情報や陰謀論の拡散、社会の分断といった深刻な問題を次々と生み出している。先月の熊本地震発生後もSNS空間ではデマ動画などが拡散されている。計算社会科学の視点からネット上の情報拡散や炎上、偽情報問題などを研究する東京大学大学院の鳥海不二夫教授に、人類がいまだ手なずけられていない「情報空間」で健全に生きるための術を指南してもらった。

人類が今の情報空間を手に入れて、まだほんの十数年

 パソコンやスマートフォンさえあればいつでもどこでもインターネットにアクセスし、SNSで考えや意見を自由に受発信できるようになってからほんの十数年、私たち人類にとって「情報空間」はまだまだ未知の世界であり、現時点では最良の形で使いこなせているとは言えません。

 この情報空間をより良く扱うにはどうすればよいのか、私は主にそのことを研究しています。もちろん「より良く」が何を指すのかも非常に難しい問題なのですが、いずれにせよまずは現状を正確に把握することが肝心です。

 2000年代初頭から「Web2.0」と呼ばれる時代が幕を開け、2005年頃には、インターネットの普及によって生活環境や経済的な格差に関係なく誰もが同じ土俵で競争・協力し合えるようになる、といった明るい未来が語られるようになりました。

 しかし、それからわずか10年後の2015年、16年には、インターネット(特にSNS)がマスメディアに代わって世論を動かしイギリスのEU(欧州連合)離脱(ブレグジット)決定、アメリカにおけるドナルド・トランプ大統領の誕生といった出来事が起こります。

 前者では、離脱派が「Vote Leave」キャンペーンなどでデジタルマーケティングを徹底的に活用し、「Take Back Control(主権を取り戻そう)」というシンプルで強力なメッセージをSNSで連呼しました。また「EUへの拠出金が毎週3億5000万ポンド(当時のレートで約500億円以上)に上り、それが医療崩壊の原因になっている」という後に不正確と判明したデータを視覚的なバナーにして拡散し、地方の労働者層の不満に火をつけました。

 後者では、トランプ氏自身の過激でストレートな言葉がマスメディアを介さずに支持者のSNSに直で流れ込み、熱狂的な連帯感が生み出されました。その中で人々は「フィルターバブル」現象(自分と似た意見ばかりに囲まれ、異なる視点が見えなくなる現象)や「エコーチェンバー」現象(閉ざされた環境で同じ意見が反響し合うことで自らの思想が絶対的に正しいと錯覚し、過激化していく現象)に囚われ、偽情報(フェイクニュース)の拡散も起こりました。怒りや驚き、恐怖といった感情を刺激する過激なフェイクニュースや極端に単純化されたプロパガンダほど爆発的に広がっていくということに多くの人々が衝撃を覚えたはずです。

 インターネットは、かつて「民主主義を拡張し、世界をつなぐツール」と期待されていましたが、これらの一連の出来事を経て「感情を扇動し、社会を分断し、世論を操作し得る」側面が浮き彫りとなったのです。この教訓が、その後のビッグテックに対する規制議論や現在のAIを用いた世論工作への警戒感へとつながっています。

 

誤った情報が広がるようになった兆候

 いつから情報空間にこのような変化の兆候が表れ始めたのかと言えば、日本における転換点のひとつが2011年の東日本大震災です。大災害の混乱の最中、誤った情報がネット上に数多く出回り拡散したことで、情報の正しさを担保することがいかに難しいかが明らかになりました。

 もう一つ大きいのが、ウェブ広告業界の急速な発展です。2000年代半ばにGoogleアドセンスなどが始まり、アフィリエイトを通じて個人が簡単に稼げるようになりました。当初は、良い情報を提供する人に対価が支払われる健全な仕組みでしたが、次第にお金儲けのためだけに質の低いコンテンツを量産する人々が増え、人々のアテンション(注意・関心)を引くためなら嘘をつくことも厭わない人たちが現れました。先ほども触れた2016年のアメリカ大統領選では、マケドニアの少年たちがトランプ氏を応援する偽ニュースサイトを立ち上げて大儲けしたという話もありました。こうした状況は基本的に現在も変わっておらず、情報の優劣よりもアテンションを引くこと自体が経済的な価値を持ついわゆる「アテンションエコノミー」が蔓延、これが偽情報や陰謀論が広がる土壌となっています。

 

「情報の健康」をAIの力で守る⁉︎

 私たちの「情報可処分時間」、つまり自由に情報を得るために使える時間は1日に最大でも6時間程度と言われています。その限られた時間を、企業や個人がニュース、ゲーム、音楽、SNSといった様々なコンテンツで奪い合っているのが現状です。アテンションを獲得することが金銭的な価値に直結するため、YouTubeやX(旧Twitter)などでは、注目を集めるために過激で扇動的なコンテンツを発信する人が後を絶ちません。

 しかし、これは情報の発信者側が一方的に受け手側を搾取しているわけではなく、発信者側はあくまでも受け手側がほしい情報や楽しめる情報を提供しようとし、受け手側はそれを自由意志で受け取るというWin-Winの関係が基本となっています。問題は、受け手側がアテンションエコノミーの構造を理解しないまま、無防備に情報を受け取ってしまうことです。構造を知らないと、搾取を目的とした悪意ある情報にたやすく騙されてしまったり、選挙のような重要な判断を特定のインフルエンサーの意見に委ねてしまったりする危険性があります。

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