「1か月の遅れ」と「日銀に関する修正」が意味すること
私は2025年までの4年間、経済財政諮問会議の民間議員として「骨太の方針」の策定に関わっていました。その経験も踏まえ、まず気になったのは、閣議決定が1か月強も遅れたことです。例年6月の中旬には決定しているところ、今年は7月21日。8月末には概算要求を控えていることをはじめ、次年度に向けた予算編成のスケジュールが短くなった影響は、小さいとは言えないでしょう。今回の骨太では「補正予算依存からの脱却」が謳われていますが、タイトなスケジュールを理由に「議論が詰め切れなかった」として、またすぐに補正予算が組まれるような展開になれば本末転倒です。今後、外部からの注視が必要な点の一つだと思います。
そもそも原案の公表の後、そこからの修正に時間がかかったことがありました。6月30日に示された原案には、政府が日本銀行に対して金融緩和の継続を求めているように読める表現があったことも相まって、その後長期金利が2.9%まで上昇するなど、市場からは強い警戒感をもって受け止められていました。いわゆる“骨太ショック”です。そこで「金融政策の具体的な手法については日本銀行に委ねられる」と、日銀の自主性に触れる本文と脚注が追加されたわけですが、これを “日銀の独立性が維持された”と文字通り受け取る市場関係者はいないのではないでしょうか。「財政健全化」という文言は外れたままで、政府が目指す方向性が本質的に変わったわけではありません。そして何より今年は、「(日銀は)政府・日本銀行の共同声明の趣旨に沿って政府と緊密に連携」という文言が入り、そこには平成25年のアコード(共同声明)のことである、という脚注がついている。平成25年のアコードとは言ってしまえば、金融緩和を推し進めることに関する政府と日銀の合意です。つまり本文上で直接言及はせずとも、実は日銀の利上げに対する牽制がしっかりかけられていると読めるわけです。こうしたレトリックを深読みすれば「日銀の金融政策にはあまり自由度がない」ともとれるわけですから、結局のところ、マーケットの印象は原案からそう変わってはいないのではないか、と考えます。
補正予算を組む余地は残されている
市場からの注目点という意味では、やはり「財政健全化」の文言がなくなった意味は大きいと思います。代わりに「財政の持続可能性」といった表現が多用されるようになり、債務残高対GDP比の安定的な低下を目指すとされていますが、その前提となる経済成長には外的要因も大きく関わりますし、また具体的にそれをどう実現するのかは不透明なままです。高らかに掲げられた投資戦略も、財源についての具体的な記述はありませんから、これでは市場から警戒されてしまうのも無理はないように思われます。
その前提となっている「長年続いてきた過度な緊縮志向」という表現も、誤ったものではないかと私は考えます。私が経済財政諮問会議で骨太の方針の策定に関わっていた4年間でも、成長を後押しするための議論が重視され、大枠としては今年とそう変わらない投資戦略が当時から掲げられていました。しかし今回の骨太では、「コペルニクス的転回」という言葉で、まるで例年とは正反対の経済政策を進めるかのような刷新感が印象づけられている。こうした点にとても上手いと感じると共に、実態とは異なる“表現上の演出”を感じてしまうのです。
補正予算への依存から脱却し、「真に緊要性の高い施策」以外は当初予算で措置する方針が明記されたことは、ポジティブに評価したいです。しかしその半面、「真に緊要性の高い施策」においては補正予算を組む余地が残されている書き方であるともとらえられます。中東情勢という事情があったとはいえ、今年度にも高市首相は「補正予算依存からの脱却」を謳った直後に、使途が明確でない予備費が大半となる補正予算を組み、野党からの批判を受けていました。先述の通り骨太の遅れによって次年度予算を練る期間が例年より短縮されていますから、そのせいで十分に議論を尽くせなかった施策を、2027年度に入ってから補正予算で追加するような展開も一つのシナリオとして考えられます。もちろん状況によって補正予算が必要なケースもあるとは思いますが、基本的には「実際に補正予算を組まない」ことこそが、財政にも目配りをしているという市場への最大のメッセージになることを忘れてはならないと思います。
具体案なき投資戦略は花開くか
名目で3%超、実質で1%超の経済成長を定着させ、2040年度にはGDPが1100兆円まで拡大することを目標としている点も目玉の一つであり、大いに期待しているところです。
一方で、岸田政権や石破政権で掲げられていたことと同じで、これ自体に特段の真新しさがあるわけではありません。岸田政権時代から「実質成長率1%超」「2040年度にGDP1000兆円」という目標は示されており、石破政権もそれを継承していました。
投資の面でも、専門人材の育成やリスキリング、スタートアップ支援、コンテンツ産業の振興、その他医療・介護分野の施策など、これまでも目にする機会の多かった項目が並んでいます。骨太にはさまざまな業界団体からの要望が複雑に重なり、それぞれに「1行でも触れる」ことで政治的な調整が成り立つ側面もありますから、個々の施策には検証すべき点が多いものの、既視感のある文言が並ぶこと自体を否定するつもりはありません。ただ、「今年の骨太は違う」と真新しさを強調し、メディアでもそのような印象で取り上げられることが多い一方、その実、大半はこれまでの施策と変わっていないことも、冷静に受け止めるべきでしょう。
たしかに、戦略17分野をはじめとした、官民合わせて370兆円規模の投資ロードマップは、一定のインパクトはあるともいえそうです。しかし肝心の実効性にはやや不安が残ります。17の戦略分野、集中的に支援すべき62の製品・技術とは、厳選された投資先といえるでしょうか。たとえばフィジカルAIやバーティカルAIをはじめとしたAI分野に対する官民合計の投資規模は30兆円超と大々的に謳われていますが、AnthropicやOpen AIの企業評価額は既に100兆円を超え、エヌヴィディアの時価総額に至っては800兆円を超えています。AmazonやMicrosoftなど、ハイパースケーラーと呼ばれるビッグテック企業の2026年の設備投資も、各社軒並み数十兆円規模に達しています。こうした中での我が国の「重点投資」は、本当に結果が出るといえるか。日本人としてこの投資が無駄にならないことを切に願うと同時に、勝ち筋を絞り込み、どうすれば花開くかまでを示した具体案まではなかなか見えてこないため、今後の議論に注目しているところです
このように「投資の具体策」、そして「財源」という肝心なポイントが抜けているので、なかなかポジティブな評価がしづらいというのが、今年の骨太に対する率直な感想です。つまるところ、党内基盤が弱いとされる高市首相の拠り所が「国民世論」であるとすれば、そこに対する見せ方を重視したということなのではないでしょうか。「47都道府県のどこに住んでいても、安全に生活することができ、必要な医療・福祉や質の高い教育を受けることができ、働く場所がある社会」という記述も、現実的には困難と言わざるを得ませんが、たしかに「コンパクトシティを目指す」という現実論よりも、よほど聞こえの良い施策です。「強く豊かな日本」投資枠も、大いに期待を感じさせる名称ですが、こちらもまた財源ははっきりしていない。
これまでの「過度な緊縮志向」とは決別し、真新しい大胆な投資戦略を実行、そして財政への責任も忘れない――。
これは実現が難しいと言わざるを得ません。つまりは、「国民受けを重視した骨太の方針」だと受け止められかねない、というと言いすぎでしょうか。