「入館があと10分遅れていたら巻き込まれていた」
〈以下、イオン2階の店舗で働いていた従業員が語る〉
7月28日の16時半ごろ、仕事中に今まで経験したことのないよう激しい揺れに見舞われ、実際はもっと短いと思いますが、体感は10分ぐらい揺れ続けているように感じた、恐怖の時間でした。
我々スタッフは揺れが収まるまで売り場で待機し、お客様の避難誘導を済ませたあと、避難を開始しました。イオン側の従業員が、店員への避難をよびかけ、地震から20分後には我々も建物の外、イオン北側の大きなお客様用の駐車場に避難が完了しました。周囲を見るとお客様たちはどんどん車で帰っていて、駐車場は多くの人と車で大混雑していました。
報じられているように地震から30分後には全員の避難が完了しましたが、もちろん、中の安全確認なんて出来るはずがないので、イオン側からは「絶対に入らないでください」と強くアナウンスされていました。にもかかわらず、見たところ、何人かのお客様が建物の中に入っていた。おそらく、建物と反対側、南側の駐車場に車を停めていた人たちだと思うんですよね。大急ぎで反対側に回ろうとしていた感じでした。
地震から40分ほど経ったとき、イオンの従業員が「安全自体は確認できてないので、帰れる人は帰ってください。ただ、荷物を取りに行かないと帰れないという場合は、同じ店舗の従業員と固まって入り、必要な物だけ取ったらすぐに出てください」とアナウンスされました。
車の鍵を店に置いてきてしまったら、帰れない人だっていますよね。そこで私たちはスタッフと店内に入り、財布が入っている自分のバッグを取りに行きました。防災用の非常食も急いでかき集めて、外に出ました。
当然ながら、とてもレジ締めなんかはできる状況ではなかったので、自分たちが帰るのに必要な私物と、災害備蓄を急いで持ち出した、という感じです。
イオンの中には他店舗の店員さんたちも店ごとにグループとなって荷物を取りに行っていました。フードコートの飲食店の店員さんなんかもいて、私たちが建物から出る時には2階のフードコート周りは我々が最後でしたが、一階にはまだ何人かいるのが見えました。イオンの方が「危ないから早く出て下さい」と一階で叫び、二階でもイオンの社員さんが見回りしていました。
建物の中がガス臭いとは感じなかったものの、天井の通気孔からシューという何とも奇妙な音がしていたことを覚えています。「なんか風が入ってきているのかな」と気になりましたが、誰かとそれについて話す余裕はなかった。結局あれが何だったのか、よく分かりません。
中に入ってから10分ほどで避難していた駐車場に戻ってきました。会社からの指示がなく、動くに動けない状態の中、戻ってきたおよそ10分後にあの爆発が起きました。
急に「ドン!」と大きな何かが破裂するような爆発音が聞こえて、数秒後には南側から風に乗って、壁の破片と言いますか、土埃、粉塵が舞ってきた。ただごとじゃないと思いながら、粉塵まみれになり、急いで走って逃げた。わけが分からない中で、とりあえず逃げなきゃ、と。
私たちの入館が10分遅れていたら――。間違いなく爆発に巻き込まれていたと思います。
亡くなられた方は売上金を金庫に移してくれ、と頼まれたんですよね。うちの店舗は鍵のついたレジにお金が入っていますし、そんな指示が会社から出ていたなら、ちょっと有り得ない。従業員の命を預かる会社としてあるまじき対応だと思います。
「人災としか思えません」
〈では、亡くなった被害者はどういう状況に置かれていたのだろうか。爆発に巻き込まれた犠牲者の1人が、大竹玖瑠美さん(22)だ。玖瑠美さんは勤務先の運営会社「ハビタ」が売上金を金庫に保管するよう指示し、避難の後にもう一度イオン内へと戻ることになった。大竹さんが亡くなったのは、生存者に比べてタイミングが悪かったからなのだろうか。仮にそうだったとしても決定的だったのは、その行動が自身の意思ではなく、「会社の指示」だったことである。しかも、現場にいた人の証言によれば、生存者が館内にいた時点で「早く出てください」とイオン側が避難を呼びかけていたのだ。玖瑠美さんの遺族の男性が悔しさをにじませながら語る〉
玖瑠美は明るくて、しっかりしていて、優しくて、愛嬌のある、誰からも好かれるような子でした。友達も多く、今年11月にあるSixTONESのコンサートチケットが当たったので、遠征のための航空券やホテルも抑え、楽しみにしていたんです。これから、まだまだ楽しいことが待っている人生だったはずでした……。