さる大手のコンビニは、ぼくがふだん歩く範囲に3つの店舗を持っている。ところがそのせいで、ぼくはいまインコンビニエントだ。
この3軒、同じブランドでもそれぞれに「癖」がある。つまり意外と、どの店に入っても別にいいじゃん、とはいかない。
たとえばサントリーの翠ジンは、オリジナルの7%がウマいと思うのだが、ある店舗はかたくなに新発売の5%しか扱わない。そちらは500mlと350mlの双方を揃えているのに、なぜか7%は置かない。
なので別の店まで足を延ばすが、こちらは弁当類がはけるのが早い。せっかくの7%を見つけても、合わせたかった冷やし麺が売り切れていて、頭がカーッとなる。2つの店舗でつるんで、嫌がらせをしてるのかとさえ思う。
しかたなく自宅を挟んで逆方向の3軒目で、やっとほしい品が揃うのを見届ける。ところがここは、値引きシールを貼るのが遅い。さっきまでの2軒が割り引いてたものを定価で買いたくなくて、つい違う商品を選んでしまう。
こうしてようやく家に帰れるのだが、気軽にジンソーダの昼食でくつろぐはずが汗ぐっしょりだ。猛暑の日など、なんでこんな目にあうかと思うが、自分で選んだことだからしょうがない。
そう。ベストをめざして「選ぶ」ことは、ときにけっこう負担である。
臨床心理士の東畑開人さんが4人の識者と「中年期の迎え方」を議論する、『ミドル・エイジ・ビギンズ』(角川書店)に、厚労省をやめて独立コンサルになった千正康裕さんのこんなエピソードが出てくる。やりがいを感じてきた霞が関で、なぜか急に調子を崩し、休職することになった際の挿話だ。
一週間だけ休んで復帰しようと思ってたんだけど、昼飯が食えなかったんですよ。家で作る元気もないですし、どこか近くの定食屋でも行こうかと思って外に出ても、店が決められないんです。これは美味そうだけど、ちょっとこってりし過ぎで体に悪そうだから駄目だなとか、これは健康的だけど満足感が……とか思って三十分ぐらい歩いて、結局決められず、食べずに帰ってくるとか。
コンビニに行って、ちょっとパンでも買おうかと思ったら、パンがいっぱい置いてあるんですよね。するとまた同じことが起こるわけです。
同書、269-270頁
ぼくも「うつ」だったときにまったく同じ体験をして、それを文字にしたことがあるから、中年になりかけてたあの頃を思い出して懐かしく読んだ。ところが3軒のコンビニがグルになって(?)、もう元気なはずのぼくを追い込んできたさっきの経験は、ちょうどその合わせ鏡になっている。