気がついたら眉間に皺を寄せて母を責めていた
認知症(本稿ではアルツハイマー型認知症)の気配は最初、ぼんやりした形で現れた。
脳科学者で東京大学大学院特任研究員の恩蔵絢子(おんぞうあやこ)さん(46)の母・恵子さんの身に起きたことである。恩蔵さんは2014年当時、両親と3人暮らしで、自身は忙しく研究に勤しんでいたため、母親に買い物を頼む機会がよくあった。以前なら約束通り買ってきてくれたのに、その頃になると忘れられることがたびたびだった。落胆したが、母も64歳になればそういうこともあるかと諦めていた。
しかし翌15年になると、立ち止まって「あれ」と言ったかと思うと右手を後頭部にやり、強くポリポリと掻く動作が目立ち始める。
“私、どうしちゃったんだろう”といった様子が窺えた。混乱しそうになるのをどうにか食い止めているようだったので、恩蔵さんが「どうしたの?」と聞くと、恵子さんは「なんでもないのよ。なんだったかしらね」と言う。ごまかしているようにも見えた。
同じ年の春には恩蔵さんが寝ている部屋に恵子さんが駆け込んできて、さもビッグニュースであるかのように口にした。
「絢ちゃん、今日は桜が満開!」
ところが庭に出てみると、桜はせいぜい5分咲き。恩蔵さんは振り返る。
「もしかしたら認知症かもしれないとは思いました。でも、あの頃は“まさか母が”と、否定しようという意識が強かったですね」
それも当然かもしれない。恵子さんは、長くピアノの先生としてたくさんの生徒を教えていた。料理も上手で、テレビ番組で紹介されるレシピを写し取ったノートが何冊もあった。
性格は几帳面。家事全般をテキパキと完璧にこなし、悩んでいる友人がいると寄り添い支えていた。
しかし、認知症を否定したい恩蔵さんの気持ちを裏切るような出来事が増えてくる。
料理で驚いたのは、例えば味噌汁の大根はずっと短冊切りにしていたのに突然、いちょう切りになったこと。同じ15年秋には、調理を始めても途中で何を作っていたかを忘れ、それを自覚しているせいか台所に立つ回数が激減。青い顔で椅子に座っていることが増えた。冷凍チャーハンが必要以上に冷凍室を占領している日もあった。買ったのを忘れて頻繁に買い足すからだった。
また、味噌を買うためコンビニに出かけたのに手ぶらで帰ってきたり、人と会う約束をすっぽかしたり。しっかり者で律儀な母とは思えないことが再三起きた。
「どうしちゃったの?」
「なんでそんなことをしてるの?」
しっかりして! そんな思いから、恩蔵さんは気がついたら眉間に皺を寄せて、母親を責めていた。
次第に認知症の輪郭がはっきりし始める中、恐怖に襲われるようになる。
「インターネットで認知症のことについて調べても、よい情報に辿り着くのが難しかったですね。進行性であるとか、余命何年とか、人格が変わるといった論文がいっぱいあって、怖くなってパソコンを閉じたこともありました」
認知症だとわかったからといって、治すことは今のところできない。そのことが受診を躊躇させる壁になっていた。
だが、そんな気持ちを覆すような場面に出くわす。
同年秋、恵子さんがコーラス仲間と発表会に出演したときのことだ。
「合唱の最中、いま楽譜のどこを歌っているのかを隣の人に何度も確かめているんです。もともと楽譜など初見で読めますし、練習だって何度もしているので、あり得ないことです。コーラス仲間に迷惑をかけているのも気がかりでした。一緒に発表会を見に行った父と“専門医に診せよう”という話になりました」
受診すると、アルツハイマー型認知症と診断された。脳のMRI画像も見せて説明してくれた。幸い、記憶中枢の海馬という部位の萎縮はほんのわずかだった。
ところが、である。
今後の見通しを医師がグラフをもとに説明し始めたとき、恩蔵さんは脳科学者として違和感を持った。
縦軸には何らかの能力、横軸には認知症を発症してからの経過年数が示されている。年を追うごとに能力は右肩下がりになり、最後はゼロになるかのようなグラフだった。本当なのか。
帰宅後、論文を調べると、縦軸は言語能力や思い出す力、注意力であることがわかった。
「認知能力ってそれだけじゃないし。人を思いやる社会性だって大事な能力なのに。それに、脳には『頑健性』という特徴があって、たとえ海馬が萎縮しても、隣の組織がそれをカバーしようとするんです。脳は何度でもシステムを立て直し、状況に適応して生きていけるようにする。認知症でも同じです。たんぽぽが踏みつけられても何度でも生えてくるように、生き物の組織は傷ついても、頑張ろうとするはずなんです」
恩蔵さんは、その際に覚えた違和感を研究のエネルギーに変えてきた。
恵子さんの脳の萎縮の程度は初期の段階で、わずかだった。だから脳の頑健性を引き出す方法があると考えた。診察を終えて帰る車中で恩蔵さんは、自分と料理を一緒にすること、父と夫婦で散歩に出かけることを母に勧めた。その理由は後述する。
さらに主として自宅で介護をしつつ、23年に恵子さんが亡くなるまで母親の変化を記録した。論文をあたり、同じく脳を研究する仲間たちと情報を共有しながら、認知症特有の行動にどういう意味があるのか、どう対処したらいいのかなどを考えていった。
母以外の人の認知症について知るため、認知症当事者と多くかかわってきた栃木県のデイホーム「風のさんぽ道」を営む永島徹さんの協力を得た。そして認知症になって多くの人が経験する困りごとを教えてもらい、脳科学的に分析し、永島さんと共著『なぜ、認知症の人は家に帰りたがるのか』を出版するに至る。
以下に紹介するのは、そうした中で得られた知見である。
なぜ認知症の人は同じことを聞いてくるのか?
〈認知症になると同じ質問を繰り返す傾向がある。聞かれる側は「またか」と思いがちだが、その行動には認知症の人が直面する問題や悩み、苦しみが凝縮されているという。〉
アルツハイマー型認知症になると最初に萎縮するのが海馬です。海馬が担っているのは、「いまここで起きていること」の記憶をつくる役割です。テレビドラマを見てストーリーを追って覚えたり、料理しているときにどこまで工程が進んだか、あるいは乗っている電車がどこの駅まで来たか、などを覚えたりするために必要なのが海馬です。
そうした記憶機能が低下すると、いったんは聞いて理解してもすぐに忘れてしまう。だから何度でも聞かざるを得ないのです。
何度も同じ質問をされると、まじめに聞いていないのかと勘違いしてしまいがちですが、むしろ逆です。
何度も聞くのは一生懸命に取り組もうとしているからです。自分でやりとげたいからこそ何度も確認し、失敗しないようにします。その人にとってその仕事が重要だからこそなのです。