ドキュメンタリー|医療・ウェルネス

実母が認知症になった「脳科学者」の出した「答え」

2026年9月13日


<span>実母が認知症になった「脳科学者」の出した「答え」</span>
亡くなる半年前の家族旅行

脳科学者の恩蔵絢子(おんぞうあやこ)さん(46)は、実の母親が認知症になった。戸惑うこともあった介護の過程では、研究者として多くの教訓と知見を得たという。認知症では何が起き、周囲はどう向き合うべきか。具体的な「症状の現れ方」と「対応策」。その詳しい解説を以下に。

なぜ自分の子どもの名前を忘れるのか?

 脳科学者で東京大学大学院特任研究員の恩蔵絢子さんの母・恵子さんがアルツハイマー型認知症(本稿では以下、認知症と記述)と診断されたのは2015年。恩蔵さんは母親を主に自宅で介護しながら症状を記録し、認知症に長く関わってきた人たちにも協力を求め、認知症特有の行動にどういう意味があるのか、どう対処したらいいのかを考えてきた。

 前編で取り上げたのは二点だ。まず「なぜ認知症の人は同じことを聞いてくるのか?」。認知症の人でも自分があれこれ忘れることを自覚し、不安を抱いているから何回も聞くのだ。失敗するまいと思うからこそ尋ねてくる。だから可能な限り、驚いたり、イライラしたり、責めたりしないこと。

 と同時に、認知症の人が何かに挑戦しようとする思いをサポートし、家族や周囲は、たとえ当人が失敗しても“大丈夫だよ”と言える「安全基地」になってほしい、とのアドバイスがあった。

 次が「なぜ家を出ていこうとするのか?」という点。

 認知症になると脳の海馬が萎縮するため、人が話した内容や、ドラマの筋などを追って覚えていくことが苦手になる。だから家族の話の輪に入っていけなくなってしまう。

 家族内で孤立すると、ここにいても仕方ないと思って家を出ていくのである。

 だからみんなで話をするときは、認知症の人が輪に入れているかを確認してほしい。これも重要な示唆だった。今回は、それらの続きである。

認知症が進むと、わが子の名前が出てこなくなる。子どもにとってショッキングなこうした現象は、なぜ起きるのだろう。〉

 私も母に、あるときから名前を呼ばれなくなりました。さびしく思ったのですが、よく考えると、固有名詞は脳にいちばん負荷のかかるものの一つで、忘れやすいのです。その人の顔や職業は覚えていても、名前が出てこないことがよくあるでしょう。個々の人名は「トイレ」や「財布」などの一般名詞より記憶しておくのが難しいのです。トイレなどは大事な意味を持つのに対し、固有名詞は意味のつながりが薄いからです。同じく数字も脳に負荷がかかるもので、誕生日などは忘れやすいのです。

 名前を間違って呼んでしまうこともあります。母が私を見て「ふみこ」と呼んだことがありました。

 実はこの「ふみこ」は母が小さな頃から慕っていた女性です。母にとって私と彼女は“大切”という共通項があった。だから取り違えてしまったのではないか。

 大切な人だとわかってくれているなら、名前が思い出せなくてもいいのではと私は思うようになりました。

 この取り違え方が他の人にも当てはまるのかを、慶應義塾大学大学院の堀田聰子教授らと調べたことがあります。

 数カ所の介護施設にご協力いただいて、入所者が名前を呼び間違えたら、誰と誰を間違えたのかを記録しておいてもらったのです。

 一番多かったのは、優しく丁寧に接してくれる好きな職員を、自分が好きな家族の名前で呼ぶケースでした。目の前の相手が好きだからこそ、その人を見ると好きな家族の名を思い出すのです。

 私の体験に戻りますが、23年に母が亡くなる数日前に撮影した写真があります。このとき母は骨折をきっかけに「寝たきり」になっていました。寝たきりといっても何もできない人になったわけではありませんでした。施設に行くと、母は私を見て名前を呼ぶことこそできませんでしたが、私がベタベタとくっつこうとすると甘えさせてくれました。私のことを大切に思ってくれていることは母の顔を見ればわかりました。最後まで母親らしくあろうとしていることも。

最後まで甘えさせてくれた

 重度になると、確かに言語能力などは落ちますが、しっかり娘を見て認識し、優しい雰囲気を漂わせている。言語能力だけに囚われていると、残っている大切な能力を見逃してしまうなと思いました。

 ですから、名前を忘れられても「その人自体を忘れたわけではない」と鷹揚に構えることが大事です。

なぜ同じことを何度も喋るのか?

 〈認知症の人から同じ話を何度も聞かされることがある。またあの話か、とうんざりしがちだが、その胸の内を理解すると、きっと違う感情が頭をもたげてくるだろう。

 同じことを幾度も繰り返し喋る理由の一端がわかる研究があります。

 前述の堀田教授が代表を務める「認知症未来共創ハブ」は、多くの認知症当事者にインタビューをしています。いま困っていることや、将来の希望まで話を聞いてきました。

 堀田さんらと共に私はそのインタビューの文字起こしを用いて、認知症の人がどんな感情を表しているかを分析しました。インタビューに応じたのは、認知症と診断されて平均5年弱が経過した方たちでした。認知症が進むと喋れなくなると言われていましたが、一人1時間以上も話しているのです。このインタビュー内容を細かく分析してわかったことは感動的でさえありました。

【対応策】

●「幸せ」の感情を知る

 どの文化の人にも共通して存在する感情として六つの基本的感情が知られています。六つとは、怒り、恐れ、嫌悪、悲しみ、幸せ、驚きです。認知症の人のインタビューの中で一番強く表れていた感情は「幸せ」でした。一方、SNSの「X」で一般の人に「認知症のある人が普段どんな心持ちで暮らしていると思うか」を問う意識調査を行ったところ「恐れ」が一番強く、「幸せ」は一番弱いと想像されていました。

 実際とは全く異なる結果が出たのです。

 では、なぜ認知症の人たちには「幸せ」の感情が強いのでしょう。

 できないことは確かに増えたけれど、みなさんなんとか今まで通りに生きられるように工夫をしていたのです。

 また、認知症によってできなくなったことを笑いに変えている人もいました。

〈道に迷うようになったので、一人で出かけるのすごい怖くなったんだけど、飼っている犬と一緒だったら、自分が道を分かんなくなっても犬が連れて帰ってくれるんだよ(笑)〉というふうにです。

 当事者たちは、概して工夫して、今の自分にあった新しい生きがいを見つけていました。

 自分の誇りに思う過去や、幸せな思い出を、インタビューの中で繰り返し語る人もいました。なぜそうするのかというと、認知症の当事者が抱える強い不安があると思います。

 不安に立ち向かうために「自分の人生には意味があった」「いろいろあったけど、自分の人生はこれで良かった」と何度も何度も確かめている。不安で軟弱になった自分の足場を固めるように、自分の幸せを繰り返し語るのです。

 私の父は認知症ではありませんが、同じ話をよくします。でも、私はそんな父の話にも耳を傾けるようにしています。そうして年をとることの心細さを癒やそうとしているのだと気づいたからです。母のおかげで少しは父に優しくなれたような気がします。

なぜ物がなくなると他人のせいにするのか?

認知症の人が、誰かが自分の物を隠したとか盗ったと言って、取り乱したり感情的になったりすることがある。疑いをかけられるのはたいてい同居する家族で、精神的なストレスを感じたりも。そこには何が?

 自分の持ち物をなくしたら、それが大事な物であるほど人のせいにしようとするのが人の脳の特性なのです。例えば電車を降りたときに鞄に財布がなかったら、誰でもまず「スラれた」と思うのではないでしょうか。

 ただ、記憶をたどって「そういえば、駅前の銀行でお金をおろしたとき、鞄にあった財布をジャケットのポケットに入れたんだった」などと思い出すことができれば、妄想は消えます。

 しかし認知症の人は記憶を正確にたどるのが難しい。「財布がない→誰かにスラれた」というところで終わってしまいがちです。そのため認知症の人は物をなくしたら、人のせいにしてしまうことが多くなるのです。

 でも、覚えておいてほしいのは、認知症の人もなぜ財布がないのかを推論しようとしていることです。理由が知りたいと脳は思っている。それで「スラれたからだ」と考える。一番可能性がある人として、自分の部屋によく入るのは息子だとか、息子の奥さんだと身内を疑うことにもなるのですが、認知症になっても、一生懸命物事の理由を知ろうとしているのは、とても大切なことだと思います。

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