私は本に囲まれて育った。
母が持っていたさくらももこのエッセイ数冊と、『ディズニーファン』、姉が持っていた『Seventeen』、兄が持っていた漫画。小学生の頃には、図書室に入り浸り、中学校では吹奏楽部で渡された楽譜と借りてきた本とにらめっこして、高校からは、小説を読み漁り、大学では毎日何かを借りて返していた。そして今も、大量の本を手にし続けている。
本は、私の人生を幸福にしてきた。
私は考えることが好きだった。私は、周りの同級生や教員の立ち居振る舞いの解釈を楽しんでいた。私は、世界というものについて考えていた。私の考えを同級生や教員と共有しようとは、あまり思ってこなかった。私は一人で考えることを楽しんできた。
そうしているうちに、私は、本が考えることの遊び相手になってくれることにいつごろか気づいた。私にとって、本とは、秘密の遊び相手である。生身の人間では遊べない遊びを一緒にしてくれる存在たちだった。それらは、おおむね幽霊のような存在だった。この手元に確かにあって、誰でも読めるのだが、誰も読まない透明な存在。私だけが遊んでいる相手。
大学に入って、文芸サークルに入ろうかと思った。けれども、語り合う人々を見て、私の求めていた場所ではないな、と感じた。
私は、他人と「本そのもの」について語ることに、あまり意味を見出さないことに気づいた。本を通じて仲間が増えること自体には、あまり意味を見出さない。私と本の関係は、つねに一つきりの、特有の、そのままでは共有できないものだ。
私の好きな作品を、私は、私の仕方で好きなのであり、他の人は、他の仕方で好きなのだ。同じ作品が好き、というのは、実は本当はありえない。私が読んだ村上春樹の『神の子どもたちはみな踊る』を私は愛しているのであり、他人が読んだ『神の子どもたちはみな踊る』を私は読んだことがない。読んだことがないので、好きかどうかは分からない。どう読んだかを教えてくれれば分かるかもしれない。
つまり、私にとって「本そのもの」は存在しなかった。「本を読んだという出来事」が各人にあり、百人なら百個の『神の子どもたちはみな踊る』が存在した。だから、「私は『神の子どもたちはみな踊る』が好き」という言葉は、私にとってはそれだけでは意味をなさない。その人がその本をどう読んだかを教えてもらわなければ、それが私の読んだ『神の子どもたちはみな踊る』とどれくらい似ているのか、似ていないのかが分からないからだ。
私は、他人の本の語りが好きではあるが、同時に、ある一冊の本を通してつながることに意義をあまり見出さない。私は一人で本を読むことが好きだ。
だから、本を誰かに勧めるときも、私と同じように読むとは思っていない。けれど、何かが起きそうな気がするからそうしているのかもしれない。
本そのものではない、出来事としての本について考えるために、『本とは何か』(新潮新書)という本を書いた。
私は本を書くのが好きだ。
それは、自分にやってきた考えを本という物質に定着させるたびに、その考えをもう忘れてもいいからだ。そして、その考えが、自分が全然知らない誰かに、全然知らない読まれ方をすることを楽しく思うからだ。電車に揺られながら、出航のブザーを聞きながら、子どもの騒ぎ声の中で、何かから逃げているさなかに、読まれていることを想像する。
私と私の本の関係は、やや不透明である。私は、自分の文章が、自分の生み出したもの、だとは思えない。本のアイデアたちは、どこか遠い国からやってきた移民のようだと思う。私は、その移民たちが行きたいと語る時間と場所を聞き取りながら、文章を書き留めていく。そして、一冊の本になる。その本自体が移民である。私の生成物というより、私を経由してこの世に住処を得た異なる存在たちである。
私が本を書くとき、一人で書いているのではない。
そう思うのは、本を書くときには、移民に加えて、編集者という存在がいることにも由来している。本をつくるとき、私はいつも編集者の存在を感じている。ほんの一言でも感想をもらえたり、面白がっているような反応があると、なぜか書き進めていくことができる。一人で文章を書いているときとは明らかに異なる何かが起きている。それが何かはまだよく分からない。