<span>なぜ会社は次々と新しいビジネス用語を使いたがるのか</span>

なぜ会社は次々と新しいビジネス用語を使いたがるのか

2026年9月17日

経営理論にも、実は流行=ファッションがある。なぜ私たちは「自律」「探索」「パーパス」のある会社を未来的で魅力的だと感じるのか。なぜそれほどまでにビジネス用語に信頼をおいているのか。ここを起点に、日本ではまだ十分に紹介されていないマネジメント・ファッション研究から、「会社の美学」までを考えるという試み。美学者/哲学者の難波優輝氏による1万字を超える特別寄稿をお届けする。

美学者の困惑


 いつの間にか流行っているビジネス用語がある。

 「これからは心理的安全性が重要です」「社員一人ひとりがパーパスを持つ必要があります」「もっとアジャイルな組織にならなければいけません」「人的資本経営の観点から考えましょう」。少し前なら「デザイン思考」や「1on1」だったかもしれない。さらに遡れば、「ナレッジ・マネジメント」「リエンジニアリング」「TQM」といった言葉がビジネス業界を席巻した時代もあった。もちろん、いくつかは今も現役の言葉だ。

 不思議なのは、一部の会社だけでこうしたビジネス用語が流通するわけではないことだ。ある時期になると、まるで示し合わせたように、さまざまな企業の経営者が同じ本を読み、同じ概念について語り、同種のイベントに参加し、同じような研修を始める。そして数年経つと、いつの間にか別の言葉が前面に出ている。何かが一気に流行って、落ち着き、また別のビジネス用語が流行り出す。

 私はこれまで、企業をクライアントとした、いわゆる「コンサルティング」の領域といえなくもない場所で働き、様々なクライアントたちとともにプロジェクトを進めてきた。プロジェクトには私たちだけではなくTHE本職のビジネスコンサルタントたちも参加していることがよくあった。そこでは、無数のビジネス用語が次々に飛び交い、様々な図表が共有され、戦略が策定されたり、ネクストアクションが決められていったりした。

 ビジネスの現場では、もちろん誰もが真剣だ。しかし、哲学、とりわけ、論理のステップを執拗に検証することに喜びを感じる「分析哲学」そして「分析美学」の分野で研究している私にとって、彼らがなぜそれほどまでにビジネス用語に信頼をおいているのか、違和感を覚えざるを得なかった。

 この四象限はどこから出てきたのか。なぜ誰もDXの本当の価値は理解していなくて、上長から言われた、というだけでともかくDX化を進めなければならないのか。エビデンスとは言うものの、恣意的な選択ではないか。なぜ人々は次々に新しい経営思想・手法に魅入られていくのだろうか。誰も概念の定義の怪しさを気にしないのはなぜなのだろうか。無数のハテナが頭に浮かびまくりながら仕事をしていた。

 この奇妙な現象を、「ファッション=流行」として研究してきた経営学の領域がある。マネジメント・ファッション(management fashion)研究である。


経営とファッション


 経営にもファッションがある。より正確に言えば「経営思想」には流行があるのだ。マネジメント・ファッション研究を代表する研究者が、コロンビア大学の経営学者エリック・エブラハムソンである。エブラハムソンは1990年代、企業が新しい経営手法を採用し、やがてそれを捨て、また別の手法を採用する現象を「ファッション」という観点から分析した。その有名な定義によれば、マネジメント・ファッションとは、ある経営技法が「経営の進歩の最前線にある」という一時的な集合的信念である(Abrahamson 1996)。エブラハムソンは、論文の冒頭で端的にこう述べる。


 経営トレンドの先駆者たちは、特定の経営手法が経営の進歩の最前線にあるという、一時的な集団的信念である「経営トレンド」を広める。これらの先駆者たち——コンサルティング会社、経営の権威、ビジネス系マスメディア、ビジネススクール——は、単に騙されやすい経営者たちにトレンドを押し付けるわけではない。トレンドの先駆者としてのイメージを維持するためには、彼らは、(a) 新しい経営手法に対する経営者たちの新たな集団的嗜好をいち早く察知し、 (b) これらの手法を経営の進歩の最先端であると描写する説得的な語り口を開発する、そして(c) 他のトレンドセッターに先駆けて、これらの説得的な語り口を経営者や組織のステークホルダーに広める——という競争で先頭を走らなければならない。(Abrahamson 1996, 254)


 その後の30年の研究の蓄積を経て、日本におけるマネジメント・ファッション研究をリードする経営学者の髙橋宏和は次のように定義する。


 マネジメント・ファッションとは、ファッション・セッターとユーザーの相互作用を通じて構築・拡散される、経営戦略や組織形態、経営手法や理念に関する、曖昧性(解釈の多様性・実践的曖昧さ)が内在する集合的信念である。その主要な採用動機は社会的正当性の獲得であり、結果として効率的選択視点からの逸脱が観察されうる。

 このマネジメント・ファッションに対する注目と採用は、時間軸上で流行曲線を描く動的なプロセスであるが、必ずしも一過性で終結するとは限らない。一部の要素が定着・制度化されたり、再流行する蓄積的、循環的性質を持つ。(髙橋 2026, 20-21)



 では、本当に経営手法には、服や音楽のような「流行り廃り」があるのだろうか。日本でも、その動きを実際に追跡した研究がある。経営学者の高橋千枝子は、「環境経営」という言葉が日本の書籍・雑誌・論文などにどれだけ登場したかを1990年から2017年まで調べている。「環境経営」という言葉は1990年に登場したあと、しばらくほとんど使われない時期が続く。ところが1998年ごろから使用が急速に増加し、2004年にピークを迎え、その後は緩やかに減少していった。高橋はこれを、1990~96年の「プレブーム期」、97~2004年の「ブーム期」、2005~17年の「バスト(衰退)期」という、ファッショントレンドのような山型のライフサイクルとして捉えている(高橋 2018, 298)。ブーム期には『日経ビジネス』などの主要メディアが「環境経営とは何か」を啓発し、先進企業を紹介していたのに対して、ブーム後には環境専門誌や業界誌が、ISO14001の取得や環境格付融資といった具体的な「実務指南」を担うようになった(高橋 2018, 301)。「環境経営」という新しい言葉をみんなが熱心に語る時期がやってきて、その新鮮さが失われると、今度は当たり前の実務のなかへ取り込まれていく。


ファッションには効果があるのか


 ある経営手法が流行することと、それが企業の経済的成果を改善することとは、必ずしも一致しない。この点を示したのが、組織論研究者のバリー・ストーとリサ・エプスタインによる研究である。二人は、1990年代のアメリカ企業で流行していたTQM(総合的品質管理)、エンパワメント、チーム制などへの取り組みと企業のパフォーマンスとの関係を調べた。その結果、こうした流行の経営手法を積極的に取り入れている企業が、そうでない企業より高い経済的パフォーマンスをあげているという結果は得られなかった(Staw & Epstein 2000, 538–542)。

 ところが、別のところでははっきりとした「効果」があった。こうした手法を採用しているとみなされた企業は、『Fortune』誌の企業評価において、より「賞賛される企業」と評価され、経営の質やイノベーション能力についても高く見積もられる傾向があり(Staw & Epstein 2000, 543–546)、さらに、その企業のCEOの報酬も高くなる傾向が確認された(Staw & Epstein 2000, 546–549)。著者たちがここから指摘するのは、流行の経営手法には、業績を改善するかどうかとは別に、企業や経営者に進歩的で、合理的で、よい仕方で経営されているという正当性を与える働きがあるということだ(Staw & Epstein 2000, 550–552)。つまり、「会社をよくする」効果が確認できなくても、「よい会社に見える」ことには成功する場合があるのである。それは、ある意味で実質的な「効果」をもたらす。


誰が「これからの経営」をつくっているのか


 経営思想の流行を作り出すのは、コンサルティング会社、ビジネススクール、経営学者、オピニオンリーダー、出版社、ビジネスメディア、さらには政府だ。例えば、少し前だと、「我が社もDX化が急務だ!」と上長から言われ、とりあえず社内DX化プロジェクトを進めなければならなくなった、などである。経済産業省の「DX銘柄」については調べたことがあるビジネスパーソンも多いのではないだろうか。

 先ほどの研究者、高橋千枝子は「健康経営」についても研究している。健康経営は、従業員の健康を重要な経営資源として捉え、健康への投資を生産性や企業価値につなげようとする考え方だ。ブーム以前には「産業保健」のテーマとして語られていたため、大きな経営テーマにはならなかったが、次第に「経営」の問題として語られるようになる。2015年には経済産業省と東京証券取引所が共同で「健康経営銘柄」を選定し、2017年には経済産業省「健康経営優良法人」認定制度が開始されたことで、ブームが大きく後押しされた(高橋 2019, 190–191)。2017年には大規模法人235社、中小規模法人318社にすぎなかった認定数が、2026年にはそれぞれ3,765社、23,085社にまで増えている。わずか10年足らずで、数百社規模の取り組みが、2万社を超える制度へと膨らんだ。ブームは落ち着き、一般的な経営思想の一つとして定着したといえるかもしれない。

 ある会社が健康経営に取り組むのは、それが実際に従業員の健康や生産性を改善すると考えるからかもしれない。しかし、認定制度が整備されると、別の動機も生まれる。「健康経営優良法人として認定されること」それ自体が、企業にとって一つの価値になるからだ。高橋はこの点を確かめるため、健康経営という言葉とともに人々がインターネットで何を調べているのかも分析している。すると、健康経営について発信される情報では「生産性向上」や「働き方改革」が強調されるようになっていた一方、実際に人々が強い関心を示していたのは、認定制度についての情報だった。高橋はここから、認定を受けること自体が目的化し、本来期待されていた「合理的な経営の進歩」につながらなくなる危険性を指摘している(高橋 2019, 191)。「よい経営をしている企業」として認定されることと、実質的によい経営をすることとは同じではない。


新しい経営概念は「問題」をつくる


 とはいえ、気をつけたいのは、コンサルタントたちが役に立たない流行語を作り、企業に売りつけて大儲けしているというシンプルな話ではないということだ。ファッションには、それを切実に欲しがる側がいる。経営者、マネジメント層は、たいてい何かに困っている。社員が主体的に動かないだとか、新しい事業が生まれないだとか、部署間の連携が悪いだとか、優秀な社員が辞めていくだとか、会社の未来が見えないだとか、ビジョンが浸透しないだとか。

 厄介なことに、大抵の問題は、パッと解決できるものではない。というのも、何が原因なのかもよくわからないからだ。そこへ新しい経営概念がやってくる。「それは御社に○○が足りないからです」。すると、それまで輪郭のなかった問題が、突然はっきりと見えるようになる。新しい経営思想はたんに既知の問題に解決策を提示しているだけではなく、そもそも自分たちが何に困っていたのかを問題化し、説明してくれるのだ。

 これがまさにコンサルタントの役割だ。経営学者は、経営について研究するものの、しばしば実務とのあいだに「ギャップ」がある。経営学者のオンノ・バウメースターらは、コンサルタントを、完成した学術知を企業へ運ぶだけの存在ではなく、学術と実務のあいだで知識を媒介する第三者として捉えている(Bouwmeester, Heusinkveld & Tjemkes 2022, 51–53)。彼らの整理によれば、実務家としてのコンサルタントは、研究者のように一般化可能なアカデミックな知識を作ることよりも、その知識を組み合わせたり改造したりして、クライアントが達成したい目標を実現しようとする。

 「心理的安全性」という概念を知らなければ、会議で社員が発言しないという現象を、単に「消極的な社員が多いからなあ、もっと喋るように奨励しよう」と理解していたかもしれないし、「パーパス」という概念を知らなければ、社員が会社の存在意義について深く考えていないことを、そもそも問題だとは思わなかったかもしれず、もっと朝礼で社是を唱えよう、と思うだけだったかもしれない。「両利きの経営」という言葉を知らなければ、自社について「深化ばかりで探索が足りないなあ」とは考えなかったはずだ。

 ある概念を使うことは、そこに既にあった現実にラベリングすることではない。その概念によって、ある現象が重要なものとして前景化され、別の現象は背景に退く。経営思想、経営概念は「会社には何が起きているのか」を記述する「である」の話だけではなく、「会社では何を問題にするべきなのか」まで教えてくれる規範的な「べき」の話を作り上げるのである。


なぜ経営理論は「四象限」だらけなのか


 そして、こうした問題化の際には、難しすぎる概念のままの提示ではいけない。経営書やコンサルタントの資料を眺めていると、とにかく図が多い。ビジネスの世界は、四象限が大好きだ。三角形やピラミッドも好きだ。ステップ分けにも魅了されている。円を描いてサイクルにするのもイケているし、ときには螺旋になってどこかへ飛翔していく様に人々はわくわくするのかもしれない。なぜ経営理論は、図だらけなのか。

 もちろん、複雑な現象を理解するために図は有用である。しかし、マネジメント・ファッションという観点から考えると、もう一つ重要な理由が見えてくる。経営概念は、持ち運べなければならない。研究者が300ページを費やして、無数の条件と例外をつけながら説明する理論は、そのままではミーティングで使いにくい。それに対して「御社はいま、この象限/ステップにいます」と言える図は説得力がある。一枚のスライドで説明できること。用語が覚えやすいこと。自社や他社を当てはめられることが重要だ。さらに「そして目指すべき象限/ステップはここです」と、介入の正当性を説得し、「次の打ち手」に進んでいくことができる。つまり、経営思想・経営概念には学術的な正確さとは別の性能が要求されている。ポータビリティ=持ち運びやすさである。

 ここには経営学が抱える興味深いジレンマがある。現実を正確に記述しようとすれば、「場合による」が増えていく。概念の意味も慎重に限定し定義して話さなければならない。だが、それでは実務の場で使いにくくなってしまう。反対に「組織には四つのタイプがあります」と大胆に単純化すれば、現実を取りこぼすかもしれないが、圧倒的に使いやすくなる。理論としての精密さと、経営概念としての使いやすさは、必ずしも一致しない。そして、ビジネスの現場は、たいてい忙しい。であれば、経営思想がつねにポータブルな方向に進化していくのは、コンサルタントや経営学者の悪意などではなく、おそらくは心からの善意であるのだ。だが、もちろん、現実は単純ではない。単純化された理論によって、ときに大事なものを見えなくなってしまい、効果のないアクションに人々を誘導してしまいもする。

 課題のある例をみてみよう。人事領域で広く使われている「9-box」という人事のための手法がある。これは社員を「現在どれだけ成果を出しているか(パフォーマンス)」と「将来どれだけ上の仕事を担えそうか(ポテンシャル)」という二つの軸で評価し、それぞれ低・中・高の三段階、計九つの箱にマトリックス上に分類する手法である。誰を昇進させ、誰を育成すべきかを考える仕組みである。複雑な人材評価を一枚の図にできるので使いやすい。

 石山恒貴と山下茂樹が、日本で事業を行う多国籍企業11社を2012~15年に調査した研究では、タレントマネジメントを実施していた10社すべてが二軸のマトリックスによる可視化を行い、それをもとに社員を「キータレント」や「後継候補者」として検討していた。そのうち9社では年に一度程度「タレントレビュー会議」が開かれ、社長、人事、部門長らが参加し、誰を選抜するか、どう育成するか、誰を登用するかまで決めていた(石山・山下 2017, 32–34)。 つまり、複雑な人間の能力と未来の可能性を一枚の図にすることで、経営陣は「この人は将来のリーダー候補だ」といった判断を共有し、それを具体的な人事施策へと接続できる。経営思想・経営概念のポータビリティが発揮されているまさにその現場だ。

 しかし、そもそもまだやったことのない仕事で発揮される「将来のポテンシャル」を三段階で正確に評価できるのか。経営学者のイザベラ・グラブナー、ユディット・キュネケ、フランク・ムールスは、ある国際的なプロフェッショナル・サービス企業が2013年に9-box型の評価制度を導入した前後の人事データを分析した。

 すると意外なことに、9-box型の評価制度のもとで昇進した社員は、それ以前の人事制度で昇進した社員よりも、昇進後の仕事のパフォーマンスが平均して低かった(Grabner et al. 2025, 9233–9234)。さらに詳しく調べると、「ポテンシャル」の評価は「同じ仕事」を続けた場合の翌年の成績は予測していたのに、肝心の昇進後の「新しい仕事」の成績は有意に予測していなかった。それにもかかわらず、会社はこのポテンシャル評価を実際の昇進判断に強く利用していた。

 なぜこんな事態になったのか。グラブナーらは、その原因の一つを、上司による「ポテンシャル」評価の難しさに求めている。未来の能力を分かりやすい三段階にしたところで、未来が正確に見えるようになるわけではない。より問題なことに、曖昧でしかありえない予測に「高・中・低」という明瞭な形式を与えたことで、それを昇進判断に使いやすくしてしまった可能性がある。複雑な現実を単純にした地図は便利だが、地図が分かりやすいことと、地図が正確であることは別の話だ。経営ツールの危険は、複雑な現実を単純化することそれ自体ではなく、単純化によって一応は「判断できる」ようになったことを、「正しく判断できる」ようになったことと取り違えてしまうことである。

 さきほどのオンノ・バウメースターらによれば、コンサルタントのモデルは一般に適用しやすい一方、その因果関係についての主張は問題含みである。また、既製品を提供するようにして、出来合いの理論を問題に当てはめていく手法への批判も存在する(Bouwmeester et al. 2022, 64)。コンサルタントは研究者より圧倒的に速く知識を提供できる反面、その代償として正確さは失われていきがちだ(Bouwmeester et al. 2022, 64)。「会議で誰も喋らない」という現象は、本当に心理的安全性の問題なのかもしれない。しかし権限配分の問題かもしれないし、上司が喋りすぎているだけかもしれないし、そもそもその会議で全員が発言する必要がないのかもしれない。


本当に効果のある経営手法とは何か


 ここまで読むと、「なるほど、流行している経営理論なんて信用しないほうがいいのか」と思うかもしれない。しかし、そう簡単に言えるものでもない。ある経営思想について、二つの問いを区別する必要がある。一つは、「その思想・概念・手法には、本当に効果があるのか」という問い。もう一つは、「なぜ、その思想・概念・手法がこの時代にこれほど人気になったのか」という問いである。科学的にかなりよく支持された方法が、社会的に大流行することもある。反対に、効果について十分な証拠がない方法が流行することもある。そして、非常に有効な方法なのに、ほとんど注目されないこともありうる。だから、「流行しているから正しい」と考える必要もなければ、「流行しているからインチキだ」と非難することもない。ある経営手法の有効性をきちんと確かめることが私たちには求められている。

 素晴らしい例をみてみよう。経営手法のなかには、実証研究によってかなり強く効果が支持されているものもある。経済学者のニコラス・ブルームらは、2008年からインドの17の繊維企業に属する工場を対象にフィールド実験を行い、一部の工場に約5か月間コンサルタントを派遣した。とはいえ、そこで導入されたのは、華々しい経営思想ではない。機械を定期的にメンテナンスして故障の原因を記録する、不良品の種類と原因を毎日記録する、原料の在庫量を把握して種類ごとに整理する、生産の進捗を追跡する——といった38項目のきわめて地味な管理実務だった。もしかしたら、日本の会社の多くにとっては「それは経営思想・経営手法なのか?」と疑問を催させるものかもしれない。しかし、こうした管理実務の改善も非常にユニークな経営思想ではあるのだ。こうした経営手法導入の効果は大きく、品質と生産効率の改善、在庫削減などを通じて、最初の1年間で生産性は17%上昇し、3年以内には新しい工場の開設にもつながった(Bloom et al. 2013, 1–2)。その後、2017年、最初の介入から8〜9年後に同じ企業を再訪した。導入によって増えた当初の管理実務の約40%は失われていたものの、処置群と対照群のあいだには、それでも19.7パーセントポイントという大きく統計的に有意な管理実務量の差が残り、労働者一人が担当できる織機の台数を生産性の指標として調べると、介入を受けた工場では2008年から2017年にかけて26.7%増加しており、この改善は統計的にも有意だった(Bloom et al. 2020, 198–219)。これは、マネジメント・ファッションがたんなる流行ではなく、経済的な生産性という観点から言えば、実質的な変化をもたらした華々しい事例だと言えるだろう(私としては、さらに労働者が忙しくなって、仕事が大変になっていないかが心配だが)。


芸術としての経営思想


 これまで、マネジメント思想と流行について論じてきたが、最後に、より核心に迫っていきたい。経営学者のアルフレッド・キーザーは、マネジメント・ファッションを普及させる中心的な媒体である「レトリック」それ自体を「美的形式(aesthetic form)」として捉え、美的対象のファッションについての理論が経営概念の流行にも適用できると論じている(Kieser 1997)。

 では、なぜ新しい経営思想は、私たちにこれほど魅力的に見えるのだろうか。キーザーが注目するのは、経営思想の「内容」だけではなく、それがどのような姿で提示されるかである。流行する経営書は、複雑な組織の現実をそのまま描いたりはしない。むしろこれこそが重要だという一つの要因を取り出し、古いものと新しいものを鮮やかに対比する。たとえば、官僚制よりも社内起業家精神がよい、巨大な中央集権型組織よりネットワーク型組織がよい、といった具合である。そして、新しい側には、柔軟性、自律性、起業家精神といった、その時代にすでに魅力的だと思われている価値が配置される。キーザーは、こうした新しい原則が「大切にされている価値(treasured values)」と結びつけられると指摘する(Kieser 1997, 58)。

 その結果、新しい組織像は、複雑な実証を待たなくても、ほとんどこちらのほうがよいに決まっていると感じられるものになる。実際キーザーが書くように、マネジャーはこの「単純さを魅力的だと感じる」。なぜなら、現実の自社組織は雑然として理解しがたいのに、新しい経営概念は、それとは対照的に、世界を単純で明瞭なものとして見せてくれるからである(Kieser 1997, 58)。

 さきほど触れたように、経営思想の魅力は、正しい答えを与えてくれることだけにあるのではない。それまで何に困っているのかさえ分からなかった人に、「あなたが困っていたのは、これだったのです」と教えてくれる。神話の作り手の技巧とは「名づけられないものに名前を与えること」だとキーザーは表現している(Kieser 1997, 61)。 しかも、どんなに巧妙なレトリックでも、その時代の不安とうまく噛み合わなければ流行しない。キーザーは「タイミングが完璧でなければ」こうした材料は役に立たず、その概念はその時代のマネジャーの「神経」に触れなければならないと論じている(Kieser 1997, 61)。

 キーザーにとって、ファッションの役割の一つは、無数の可能性があって何を選べばよいのか分からない世界に、ひとまず秩序を与えることである。彼は美的ファッションについての議論を経営へ移し、「ファッションは混沌とした世界に秩序を導入する機能を果たす」と説く(Kieser 1997, 63)。

 現実の会社は、無数の人間関係、利害、偶然、歴史、制度が絡み合っていて、到底一つの原理では説明できない。しかし「官僚制からネットワークへ」「統制から自律へ」「深化から探索へ」といった経営思想は、その混沌に一本の線を引き、古い/新しい、停滞/成長、悪い/よい、という輪郭を与える。ゆえに流行する経営思想は、役に立ちそうだから魅力的なのではない。複雑で不安な世界を、シンプルで意味のある構図として経験させてくれるから魅力的なのである。それはほとんど「神話的」な力を持っている。

 ただし、単純なだけでは流行しない。ここにキーザーが指摘する経営思想の興味深いレトリックの構造がある。成功する経営思想は、「新しい」と同時に「考えてみれば当たり前だ」と思わせなければならない。

 どういうことか。まず、あまりに常識的なアドバイスなら「いや、そんなことは知っている」と思われてしまい、新しい経営思想としての商品価値がない。反対に、あまりに奇抜なら信用されない。そこで、新しい経営思想は、読者がすでにもっている経験や常識に訴えながら、それを新しい概念や原則によって組み替える。キーザーはこの特徴を、提示される原則が「新しい、しかし同時に馴染み深い(new, but at the same time familiar)」ものでなければならないと言う(Kieser 1997, 59)。理想的な経営概念とは、聞いた瞬間には「そんな考え方があったのか」と驚かせながら、説明を聞き終えるころには「そうそう、まさにそうなんだよ」と思わせるものである。新奇性と既知性の絶妙な配合が「新しいのに正しそう」という独特の感覚をつくるのだ。

 その「正しそう」という感覚を強めるのが科学の権威である。流行する経営思想は、単なる思いつきや天啓や芸術的インスピレーションとしては提示されない。「優良企業を調査したところ」「オックスフォード大学の研究によれば」「データを分析すると」といった科学的な装いをまとう。

 しかし同時に、科学を本当に科学論文のように提示してしまえば、話は条件や例外や留保だらけになり、途端に使いにくくなる。そこで経営ファッションは、科学がもつ権威や確実性のイメージを利用しながら、複雑な研究成果をシンプルな処方箋へと変換する。経営ファッションのレトリックでは、科学的知識と日常的経験、逸話や成功物語などが縦横無尽に組み合わされる(Kieser 1997, 59–60)。ここには絶妙な仕掛けがある。科学そのものの複雑さはいらない。しかし、「これは単なる思いつきではなく、科学的に確かめられている」という感じは欲しいのだ。

 その後こうした研究が連綿と続いているわけではなさそうだが、ここには魅力的な経営学、あるいは学問としての「経営美学(management aesthetics)」の可能性がある。


会社の美学


 ここまでマネジメント・ファッション研究を眺めてきて、私は美学の視点から別のことを考えたいと思っている。経営のファッションとは、本当に経営の思想・手法・概念の流行だけなのだろうか。そこでは同時に、「どんな会社が魅力的なのか」というイメージそのものも流行しているのではないか。

 ためしに、現在の「よい会社」を想像してみよう。自律的である。フラットである。アジャイルである。心理的に安全である。社員は自分の「Will」を持っている。会社にはパーパスがあり、新しい可能性を探索している。社員は仕事を面白がり、探求と自己変容変化を楽しんでいる……なんとなく、明るく、生き生きとした会社が浮かんでくる。反対に、「階層的」「官僚的」「ルーティン中心」と聞くとどうだろうか。社員は会社の理念にそれほど共感していないし、仕事は仕事として割り切っているし、同じ仕事を粛々とこなしているように思える。急に灰色のオフィスが浮かんでくるかもしれない。

 しかし、考えてみると奇妙だ。仕事を仕事として割り切ることは、本当に悪いことなのだろうか。会社の未来を自分の人生の目的にしなくても、同僚を尊重し、引き受けた仕事を適切に行う人はいるだろう。逆に、全員が情熱をもち、自分のWillを語り、会社の未来にコミットする組織が、すべての人にとって快適だとも限らない。少なくとも私は、そういう会社では働けなさそうである。だとすれば、マネジメント・ファッション現象には効率性や生産性の追求だけでは説明できない問題がある。私たちはいつの間にか、ある働き方を「かっこいい」と感じ、別の働き方を「ダサい」と感じるようになっている。つまり、働き方、会社、経営思想について感性的なよしあしの判断=「美的判断」をしているのだ。

 なぜ私たちは、ある組織を「生き生きしている」と感じ、別の組織を「古臭い」と感じるのか。なぜ「探索」は魅力的に響き、「ルーティン」は退屈に響くのだろうか。なぜ「自律的に働く人」は魅力的に見え、「仕事は仕事と割り切る人」は消極的に見えやすいのだろうか。「よい組織」のイメージそのものにも美的判断があり、ファッショントレンドがあるのだ

 かつて「科学的管理法」は未来だった。しかし、いまや古びてみえる。現在私たちが当然のように「これからの会社」だと思っている組織像も、20年後には奇妙なものに見えているだろう。流行している経営思想は、現在の私たちにはあまりにも自然で魅力的に見える。流行のファッションアイテムが魅力的に見えるのとまったく同じように。だからこそ、それがなぜ魅力的なのかを考えてみることで、流行の経営思想といい距離感で付き合えるようになるかもしれない。
私たちは、経営思想の神話的な力に魅せられながら、それをうまく取り入れるためのメソッドを、まだうまく開発できていないのではないか。その方法を開発するために、私は、現代における分析美学や芸術学の知見を用いることができるのではないか、と考えている。


参考文献
Abrahamson, Eric. 1996. “Management Fashion.” Academy of Management Review 21(1): 254–285.
Bloom, Nicholas, Benn Eifert, Aprajit Mahajan, David McKenzie, and John Roberts. 2013. “Does Management Matter? Evidence from India.” Quarterly Journal of Economics 128(1): 1–51.
Bloom, Nicholas, Aprajit Mahajan, David McKenzie, and John Roberts. 2020. “Do Management Interventions Last? Evidence from India.” American Economic Journal: Applied Economics 12(2): 198–219.
Bouwmeester, Onno, Stefan Heusinkveld, and Brian Tjemkes. 2022. “Intermediaries in the Relevance-Gap Debate: A Systematic Review of Consulting Roles.” International Journal of Management Reviews 24(1): 51–77.
Grabner, Isabella, Judith Künneke, and Frank Moers. 2025. “Promotion Decisions and the Adoption of Explicit Potential Assessment.” Management Science 71(11): 9233–9255.
Kieser, Alfred. 1997. “Rhetoric and Myth in Management Fashion.” Organization 4(1): 49–74.
Staw, Barry M., and Lisa D. Epstein. 2000. “What Bandwagons Bring: Effects of Popular Management Techniques on Corporate Performance, Reputation, and CEO Pay.” Administrative Science Quarterly 45(3): 523–556.
 

日本語文献
石山恒貴・山下茂樹(2017)「戦略的タレントマネジメントが機能する条件とメカニズムの解明――外資系企業と日本企業の比較事例研究」『日本労務学会誌』18(1):21–43.
高橋千枝子(2018)「日本のマネジメントファッションの流行に関する考察――環境経営を事例として」『日本マーケティング学会 Conference Proceedings』7:294–304.
高橋千枝子(2019)「マネジメントファッションの普及プロセス――『健康経営』の事例研究」『日本マーケティング学会 Conference Proceedings』8:190–191.
髙橋宏和(2026)「経営トレンドというもの――マネジメント・ファッション研究の統合的文献サーベイ」『経済経営研究』8:1–27.
経済産業省(2026)「『健康経営優良法人2026』認定法人が決定しました」2026年3月9日.

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