評価会議の席で、半年前の仕事を誰も覚えていない
前回、現場がAIに乗ってこないのはリテラシーの問題ではなく、取り分の未設計の問題だと書いた。では、その取り分は誰がどうやって決めるのか。会社には、そのための機構がすでにある。評価制度である。今回は、この評価制度がAIによってどう変わるかを書く。先に結論を言えば、評価制度はAIによって壊れるのではない。初めて完成する。
はてな、ミクシィ、そしてスマートニュースで、私は評価制度を運用する側にいた。半期評価の会議に座り、等級テーブルを引き、目標設定の面談をした。その実務のなかで、私は同じ場面に何度も出くわした。評価会議の席で、評価する側もされる側も、半年前の仕事を覚えていないのである。資料をめくりながら記憶を掘り起こし、ようやく思い出した仕事について、当人がぽつりと言う。あれは、いま思えばあまり価値がなかったですね——。半年前に全力で走った仕事が、半年後の会議室では誰の記憶にも残っていない。それでも給料の改定は年に1回、通期評価でしか行われない。
スタートアップは変化が速い。事業が変わり、組織が変わり、サービスを使うユーザーが変わる。その変化のなかで、評価だけが半期と通期という暦のリズムで動く。実際の仕事と評価のあいだのギャップは、開く一方だった。
等級テーブルにも同じ構造の問題があった。営業、マーケティング、開発、経営企画。職種ごとに等級を細かく設ければ、働く側は良いことずくめのように感じられる。キャリアの道筋が見え、評価への納得が生まれ、どうすれば昇進し報酬が上がるかがわかる。細かく丁寧な評価は公平さにつながる、というのは論理的には正しい。
だが細かくすればするほど、評価者の負担は膨れ上がる。突き詰めれば人事部が破綻する。細かくしたいが、細かくできない。この矛盾を、私はずっと抱えていた。
目標設定はさらに難しい。正しい目標とは何か。ある人にとってのストレッチ——一応説明しておくが、人事の世界では、背伸びすればぎりぎり届く目標水準をこう呼ぶ——は、別の人にとっては到底届かない無理難題である。そもそも1.5倍がストレッチなのか、2倍がストレッチなのかも人によって違う。部門によっても違う。営業に2倍を課せばそれは正真正銘のストレッチだが、開発に2倍を課せば、技術の工夫ひとつで解けてしまう余地がある。ストレッチのかけ方は、個人、組織、部門ごとに変えなければならないのだ。