<span>2年の塾通いを経て中学受験から“撤退”した親子が「失ったもの」と「得たもの」</span>
学校でも「開成」「麻布」といった単語が飛び交い……(写真は開成中学校)

中学受験をめぐる体験は、「合格」「不合格」のいずれかに限られるわけではない。一度その世界に踏み出したものの、「撤退」の判断を余儀なくされたケースも決して少なくないのだ。その決断に後悔はないのか。撤退によって得たもの、失ったものとは何か。「撤退ライン」をどう考えるべきなのか。かつての経験者親子が明かすリアル――。

「塾の宿題はこんなに多いのか」

 東京23区、中でも比較的教育熱の高いエリアに住まう中原一哉さん(仮名)に、息子を中学受験塾に入れないという選択肢はなかった。

「夫婦ともに地方の公立中学校出身で、無理に中学受験をさせたい気持ちがあったわけではありません。しかしなにせ周囲は中学受験を早くから見据える家庭が多く、小3に上がる前から、保護者の間では『子どもをどこの塾に通わせるか』といった話題で持ちきりに。ですから最初はその気がなくても、将来的に中学受験をしたいと息子が言い出したときに後れを取らないよう選択肢を残しておく意味で、ひとまずうちも塾には入れておくことにしたわけです」

 現代の都心住まいの宿命なのだろうか。たとえば東京23区の中でも、文京区、千代田区、港区、目黒区、中央区などは、国立・私立中への進学率が4割を超える水準で推移している。「受験率」でいえばその数値はさらに高いことが推測される上、塾に入ってスタートラインには立っておく家庭、あるいは入塾自体を検討する家庭まで含めれば、その割合が相当高まることは想像に難くないだろう。こうした環境の中で、中原家も中学受験の世界に足を踏み入れることになったのだ。

「新4年生」のタイミングに合わせて入塾したのは、自宅からほど近い、とある有名塾だ。いわゆる「四大」に数えられる塾をあえて避けたのは、

「勉強があまり好きではなかった息子本人が、『ガチなところは嫌だ』と。四大塾の場合は競争が激しいイメージもありましたので、まだ受験するかもわからないうちの子には酷かなという思いもありました。実際に入った塾でこうした事情を相談すると、『小6に上がる前までに受験するかを決めればいい』ということで、ひとまずそれまでは、塾に通っておく分には損はないだろうという考えでしたね」

 当の本人としては“しぶしぶ”の入塾ではあったが、周囲の多くが受験することもまた理解していて、強く反対することもなかったという。

 週2日の塾生活が始まってまず中原さんが驚いたのは、宿題の量だった。

「たしかに中学受験の対策コースではありましたが、毎日それなりの勉強時間を確保しないととても終わらない量で、小学生時代は毎日遊びまわっていた自分としては『こんなに出るの!?』とかなり驚きました。実質的に週3がベースになるという四大塾であればもっと多かったのでしょうか。それに、大人の私でも頭を悩ませる問題がけっこうあるんですよね。『10分程度で終わる』として出された算数の宿題に息子は苦戦し、30分以上かかって泣きべそをかくこともしばしば。夜は22時前には寝させるようにしていたので、朝早く起きて親子で一緒に宿題をこなすこともありました」

 自分の中学時代よりもはるかに勉強していた、と驚きを隠さない中原さんだが、自身もいわゆる“旧帝大落ちの早慶組”だ。勉学ではトップコースを歩んできた身であってもなお、驚かされる量だったと語る。

 とはいえそれだけ真面目に宿題と向き合っていたからか、入塾当初はメキメキと実力をつけていった。

「はじめて本格的に勉強をしたこともあり、最初は一気に成績が伸びていきました。小4の夏頃には塾内でもトップクラスの成績に。とある名門校で80%程度の合格判定を得たこともあったりして、『このままいけば……』と思ったこともありましたね」

“疎外感”と“迷い”の末に……

 しかし本人の受験に対するモチベーションはなかなか上がらない。塾を休んだことは一度もなく、学校見学で“面白そう”と感じる中高一貫校もいくつかあったのだが、目指そうとまでは思えなかった。

 すると周囲の熱量が高まるにつれて、それは成績にも反映されていく。一時は60程度にまで上がっていた偏差値も、小5に上がる頃には50~55程度へと次第に下がっていった。

 さらに、

「ちょうど5年生に上がるタイミングで、それまで週2の頻度だった塾の中学受験コースが、演習的な授業も含めて週3ベースに増えたんです。これを息子は相当嫌がったので、結局うちは演習は受講せず、週2のまま通い続けることにしました。もうこの頃から、事実上撤退モードに入っていたのでしょうね」

 5年生にもなると、学校でも「開成」「麻布」といった単語が飛び交い、模試の判定の話などもすっかりクラスの日常会話だ。まして塾では受験に向けた熱気がますます高まってくる。

「何より息子にとってつらかったのは、それまでは『勉強しにいく場所』だった塾が、完全に受験一色に変わっていったことでした。自分だけが受験するかどうかわからない状態で、疎外感を抱くようになったみたいです」

 限界が訪れたのは、小5の夏期講習だった。

「塾内のギアがもう一段階上がり、空気感がさらに引き締まった感じでした。課される勉強量も増え、まだ受験する意思を持てていなかった息子にとっては、苦痛でしかなかった。そりゃそうですよね。大人の私だって、『会議で使うかわからないけど、一応作って』と言われた資料は、とても本腰を入れてやろうとは思えませんよ」

「塾を辞めたい」という言葉が出たのは、夏休みが明けた9月のこと。「6年生の夏前までは続けてみたら」とは一言伝えてみたものの、本人の意思は固い。

「小6の夏になると、1日8時間くらいの勉強量になると聞いて、ぞっとしたことがありました。本人にその気がない以上、とてもそれに耐えられるイメージはわかず、完全に潮時でしたね。ほどなくして塾は辞めました」

 しかしその1か月後には、「やっぱり塾に行きたい」という言葉が出たこともあったと中原さんは回想する。

「受験しないと決めた直後は解放感もあったようですが、あるとき学校で『公立中なんか行って将来大丈夫なの?』なんてことを言われたようです。見かけた先生はその発言をした子に対してきちんと注意してくれたようですが、やはりそれまでつるんでいた子たちの中で“少数派”になることが完全に決まったことで、不安が芽生えたみたいですね。とはいえ『またあの勉強に耐えられるのか』と家族で話し合った末に、最終的には受験しない方向で決着しました」

2年の塾通いで得たものはあったか

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