<span>"入らない映画"をいかに長く上映し、伸ばすか——老舗ミニシアター「ユーロスペース」映画編成の流儀</span>

1982年に開館し、2006年に桜丘町から円山町に移転したユーロスペースは、今も渋谷の映画文化の中心地だ。レオス・カラックス、アッバス・キアロスタミらの映画をいち早く日本に紹介し、フィンランドのアキ・カウリスマキなど世界各地のアート映画から日本のインディーズ映画まで、数々の名作を上映し続けてきたこの映画館は、ミニシアターの老舗として、日本の映画界を今も変わらず支え続けている。桜丘時代から働きはじめ、今は主にユーロスペースの配給業務を担当する岡崎真紀子さんと、2020年に入社し上映プログラムの編成を担当する樺沢優希さんに、これまでの映画館の歩みと、昨今の変化について話を聞いた。

80年代を想起させる、レオス・カラックス特集の成功

 80年代から日本のミニシアターブームを牽引してきたユーロスペース。シネマライズやシネセゾンなど、同じ80年代にオープンした伝説的なミニシアターが姿を消したあとも、ユーロスペースは渋谷の映画文化を支え続けている。

 多くのヒット作を生み出してきたユーロスペースで、ここ最近話題となったのは、2025年12月から翌年にかけて開催された特集上映〈レオス・カラックス4Kレストア版上映〉。『ポンヌフの恋人』(91)から始まり、『汚れた血』(86)、『ボーイ・ミーツ・ガール』(83)、『ポーラX』(99)まで、レオス・カラックス監督の初期4作品を次々に公開していくこの試みは大成功し、ユーロスペースには連日大勢の観客が押し寄せた。

 なかでも好評を博したのは、特集上映の幕開けを飾った『ポンヌフの恋人』。92年、ユーロスペースが配給を務め、シネマライズで封切りされた本作は全国興収約3億円の大ヒットを記録した。そもそもカラックスとユーロスペースとの縁は深い。創立者である堀越謙三さんは、ベルリン国際映画祭で見たカラックス監督の長編2作目『汚れた血』に惚れ込み、その後長編第1作『ボーイ・ミーツ・ガール』を公開、3作目となる『ポンヌフの恋人』以降は、製作者として最新作『アネット』(2020)までカラックスの映画を支え続けた。

 多くの映画人から尊敬されてきた堀越さんが亡くなったのは、2025年6月。年末の特集上映には、追悼の意味で足を運んだ旧来のファンも大勢いたと思うが、それ以上に劇場を埋め尽くしたのは、若い世代の観客たちだった。その熱気には配給・編成を担当した岡崎さんと樺沢さんも驚いたという。

「いつもはひとりで見にくるお客さんが多いのですが、特集のときは何人かで連れ立って来る人が目立ち、デートや友達同士で来ているのかなという印象を受けました。クリスマスから年始にかけてというタイミングにぴったりハマったんでしょうね。話題になっていると聞いて見にきた人たちがまた別の人たちを呼び込んで、というように、私たちの予想以上に熱気が広く伝わっていくのを感じました」(樺沢)

 ポスタービジュアルやパンフレットは、映画デザインを多く手がける大島依提亜さんが新たに製作した。ただし、昔とは違う角度で今に届けよう、という意識が明確にあったわけではないという。大事にしたのは、時代を超えても色褪せない、作品そのものが持つ力を信じること。

「公開当時の記事を読むと、映画の持つ熱に浮かされて観客がどんどん引き込まれブームになっていったのがよくわかり、その熱をしっかりと伝えるのが私たちの仕事なんだなと感じました。実際、今回初めてこの作品を見るという人たちは、最初の公開時と同じように、いったいどんな映画なんだろう、カラックスってどんな監督だろうとわくわくしながら見にきていたように思います」(岡崎)

 リマスター版やレストア版の製作を機に過去の名作がリバイバル上映され、若い観客たちを中心にヒットするという事例は近年よく耳にする。同じユーロスペースで今年4月から開催された〈ロベール・ブレッソン傑作選〉にも多くの若い観客が訪れた。2022年夏から全国の劇場で公開された〈WKW(ウォン・カーウァイ)4K〉特集も大好評を博し、2025年に公開された『落下の王国』(2006)4Kデジタルリマスター版のリバイバル上映は、異例の大ヒットとして各所で話題となった。「2Kや4Kでの修復によって、新作と匹敵するくらい素晴らしい状態になっていることもあり、クラシックを見るというより、新作を見る感覚でいるのでは」と岡崎さんが語るように、配信でも見る機会の少ない過去の映画と、映画館という場で初めて出会える面白さがリバイバルブームを導いたのかもしれない。

名作のリバイバル上映の際、若者でにぎわうユーロスペースのロビー

 

コロナ禍を前後に起きた組織構成の変化

 映画館で、日々の上映プログラムとスケジュールを決める仕事を「編成」という。ユーロスペースでは定期的に編成会議を開き、岡崎さんと樺沢さんの他、支配人の北條誠人さんと、映写や広報も担当する相馬航佑さんの4人が事務所に集まり、上映プログラムについて話し合うという。ただし、編成会議制がスタートしたのは2025年1月から。それ以前のユーロスペースの編成業務は、基本的に支配人である北條さんがひとりで担っていたというから驚きだ。

「劇場が桜丘町にあった時代は2~4人の社員で配給と編成を担当していたんですが、円山町に移る前後は自社での配給作品が減っていたこともあり、北條がひとりで編成を担当し、私がアシスタントのような形でついていました。上映本数も今よりもだいぶ少なかったので成り立っていたのだと思います」(岡崎)

 創業者の堀越さんの意向もあり、ユーロスペースには“社員それぞれが好きなことをやればいい”という雰囲気が強くあったと岡崎さんはいう。社員の独立性を尊重する会社の方針が劇場の多様化につながり、また編成をひとりで担当することで、北條さんと上映される映画の監督たちとの関係性も深まっていった。一方で、社内での意見共有の場が減り、結果的に時代の流れとのずれを感じる機会が増えてきたという。また、移転から時間も経ち、ヒットする作品の傾向や客層も変わっていくなかで「今後は若いスタッフの意見も取り入れながら進めた方がいいんじゃないかという話が出るようになり今の体制が生まれた」そうだ。

 ここ数年、コロナ禍の影響もあり、日本の映画業界でもさまざまな変化の兆しが見え始めてきた。なかでも大きな出来事は、#MeToo運動の高まりと共に、製作過程で起きたハラスメントや性加害、映画館での労働問題など、これまで表沙汰になることのなかった問題が表面化し始めたこと。SNSや週刊誌報道などで被害を訴える声が相次ぎ、告発を受けた人物の関わった映画の上映に抗議が寄せられ、その結果上映が延期されたり中止になることも増えた。

 編成業務での新たな組織体制は、こうした事態に直面するなかで自然と生まれてきたものだろう。ある作品の上映をめぐって問題が起きたとき、責任を持って説明できるのが支配人ひとりだけ、という状況は健全とは言いづらい。ひとつの作品の上映を引き受けるからには、社内全体でその責任を共有し、複数人で相談しながら考えていこう。上映の現場の風通しを良くし、若いスタッフの育成にもつながるこの試みが、老舗であるユーロスペースをどのように変えていくのか、楽しみだ。

ユーロスペースのスクリーンと客席

 

日本のインディーズ映画の中心地として

 2000年代から東京のミニシアターに通い始めた筆者にとって、ユーロスペースは外国のアート映画を多く見られる場所、というイメージがあった。だが実は同館の歴代興行収入ナンバーワン作品は、87年に公開された原一男監督のドキュメンタリー『ゆきゆきて、神軍』(87)だという。本作の公開が決まった経緯については、堀越謙三さんのインタビュー集『インディペンデントの栄光 ユーロスペースから世界へ』(構成:高崎俊夫、筑摩書房)にも詳しく書かれている。本書の巻末に掲載の「劇場公開作一覧」を見ると、87年以降、インディーズを中心に数多くの日本映画がここで上映されてきたのがわかる。

 2006年に円山町へ移ってからは全体の上映本数が一気に増え、日本映画の存在がより目立ってきた。2011年には、同じビルの1階と地下1階に、堀越さんとアテネ・フランセ文化センターの主任である松本正道さんが代表理事を務める「映画美学校」が移転し、2階に映画美学校が運営する映画館「オーディトリウム渋谷」がオープンした(オーディトリウム渋谷は2014年に閉館し、その跡地は「ユーロライブ」として現在も営業中)。この時期はちょうど映画の上映現場でのデジタル化が進んでいった頃で、岡崎さんも当時その変化を目の当たりにしていた。

「デジタル化の波に伴い、作られる日本映画の数も公開本数も一気に増えてきた結果、劇場公開される日本映画の幅が広がり、インディーズや自主映画に近い作品が映画館でかかりやすい状況になっていきました。ユーロスペースでも、それまでの洋画を主軸にしたラインナップに変化が生まれ、日本のインディーズ映画をたくさん上映する映画館だというイメージがついてきたような気がします」(岡崎)

 編成作業を担当するなかで、多くの日本映画の監督たちとも接してきた樺沢さんが上映者としてとりわけ思い入れを強くするのは、初めて自作を公開する新人監督。上映する作品数が増え、劇場の鑑賞料金が値上がりするなかで、まだ名前の知られていない監督や作品は集客の点で苦戦を強いられる。だからこそ、長編第1作目を発表する監督は、劇場としてできるかぎりサポートしていきたいのだという。

 大作や人気作の間で埋もれてしまいがちな小さな映画に目を向け、まだ知られていない才能を発掘する。それはユーロスペースの大事な理念であり、ミニシアターという場の存在意義でもある。観客動員数や興行収入だけで映画を選べば、話題作や大作ばかりが劇場を埋め尽くし、規模が小さな映画ほど上映の場から弾き出されてしまう。数字にこだわらず作品の価値を信じて上映を続けていこうとするのは、ミニシアターで働く人たちにとって当然のことだ。

 とはいえ、映画産業がビジネスの場である以上、興行成績を無視することはできない。

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