ドキュメンタリー映画の観客の大きな変化
新宿駅から数分、JR東中野駅の線路沿いに位置するポレポレ東中野は、1スクリーン96席の小さな規模ながら、地元の人だけでなく遠方からも多くの観客が訪れ、映画好きにはよく知られた場所だ。2003年4月に前身のBOX東中野が一度閉館し、下北沢トリウッドのオーナーでもある大槻貴宏さんが新支配人の職に就き、新たな体制でポレポレ東中野として再出発した。
劇場があるのは地下1階。地上1階にはスペース&カフェ「ポレポレ坐」があり、上映の合間の休憩スペースとして使えるだけでなく、映画の上映後のトークイベントなども頻繁に開催されている。BOX東中野時代は“ドキュメンタリー映画の上映館”というイメージが強く、森達也監督『A』(1998)が公開され話題になるなど、いわゆる社会派映画の中心地だった記憶がある。ポレポレ東中野に変わってからもドキュメンタリー映画を多く上映する方針は変わらないが、編成も担当する小原治さんによれば、観客の顔ぶれや雰囲気は時代を経て徐々に変わってきたようだ。
小原「BOX東中野時代は体験していませんが、僕がここで働き始めた2007年頃でも、映画館にドキュメンタリー映画を観にくるのは、社会問題や政治に興味があったり、社会運動に関わる人たちだったり、フィクションよりもドキュメンタリーが好きな人たちだったりというように、やはり限られた人たちという印象がありました。でも今では作品によっては若い人も普通に観にくるし、家族連れのお客さんもたくさんいる。この20年近くの間で、社会全体でドキュメンタリーとの向き合い方が変化し、ドキュメンタリーを観る客層が大きく広がってきたような気がします」
たしかにこの20年近くで、ドキュメンタリー映画の劇場での上映数は大幅に増えたように思う。フィルムからデジタルカメラへの移行に伴い、製作される作品数が増加したことはもちろん大きいが、以前は、映画祭で上映はされるものの一般公開には至らない作品が多かった。だからこそドキュメンタリーを中心に上映する映画館は珍しかったわけだが、最近では、他のミニシアターでも国内外を問わず様々なドキュメンタリー映画が上映され、大きなヒットも生まれている。たとえば近年、ポレポレ東中野で上映されたなかでは、大島新監督『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020)、ペヤンヌマキ監督『映画 ○月○日、区長になる女。』(2024)、藤野知明監督『どうすればよかったか?』(2024)といった作品が話題を呼んだ。
映画の内容がかつてほど硬派なものでなくなったわけではもちろんない。どれも社会的な問題を真正面から扱った、いわゆる社会派ドキュメンタリーだ。それらを若い観客も含め、大勢の観客が観にくるようになったのは、やはりドキュメンタリー映画に対する世間の姿勢が変わってきたためなのだろうか。
「今の世界情勢に対する危機感も大きいのかなと思います。近年は、本当か嘘かという二項対立で考えられるほど世界は単純なものではない、ということをみんなが感じ始めてきた。ポスト・トゥルースやフェイクニュース、陰謀論みたいな言葉が世間に溢れ、リアリティショーのようなコンテンツが世界中で見られるようになった。それこそアメリカのトランプ大統領が元々リアリティショーへの出演をきっかけに人気となり今の地位を得たように、映像が現実にダイレクトに力を及ぼす怖さを、誰もが実感し始めたんだと思います。だからこそ、観る側は映像との距離感をしっかり見極めないといけない。そういう危機感から、映画館に足を運び、ドキュメンタリーを観て自分の体験に落とし込もうと考える若い人が増えてきたのかもしれません」
観る側から上映する側へ――『劇場版 荒野に希望の灯をともす』での体験
小原さんが観客の変化を強く感じ始めたきっかけとして、2022年に上映した谷津賢二監督『劇場版 荒野に希望の灯をともす』での体験を話してくれた。