政治

見えてきた「ラマポーザ政権の南アフリカ」のアイデンティティと国際社会での行動原理

2024年10月17日

与党アフリカ民族会議(ANC)の“白人財界寄り”の連立相手、「民主同盟(DA)」との間で顕在化している教育政策をめぐる対立は、いずれ落とし所が見つかるかもしれない。しかし、その経緯からはアパルトヘイト白人政権と闘ったANCの強烈な自負が垣間見える。「占領され抑圧された側」に立つことを基本思想とするラマポーザ政権は、アフリカ国家としてのアイデンティティを強めつつ、国際社会でも道義的リーダーとしての役割を追求していくと考えられる。

 南アフリカ(南ア)では今年5月末の総選挙(国民議会選挙・400議席)で与党アフリカ民族会議(ANC)の議席が1994年の民主化後初めて過半数を下回り、シリル・ラマポーザ大統領はANCを軸に10政党から成る国民統一政府(Government of National Unity:GNU)を樹立した。だが、GNU発足からわずか3カ月にして、教育政策を巡ってGNU内の政党間対立が先鋭化し、政権は不安定化している。

 外交面では、南アはパレスチナ自治区ガザへの攻撃を続けるイスラエルを国際司法裁判所に提訴するなど国際社会で存在感を示す一方、ロシア・ウクライナ戦争では「ロシア寄り」とみられる姿勢を取り続け、西側諸国を悩ませている。国内を見渡せば、15年にわたって事実上のゼロ成長が続き、失業率は30%を超える。アパルトヘイト(人種隔離)体制が崩壊した30年前、世界の人々の期待を背負って船出した南アはどこへ向かうのだろうか──。

左派を抱えるANCと「白人財界寄り」DAの連立

 民主化後7度目となる5月29日の総選挙におけるANCの獲得議席は159で、選挙前の230議席から大きく減少した。このためラマポーザ大統領は、87議席を獲得して第2党となった民主同盟(DA)をはじめとする各政党にGNUの結成を呼び掛け、GNUが7月3日に発足した。

 ANCは旧ソ連など社会主義陣営の支援を受けながら反アパルトヘイト闘争を闘ってきた組織であり、現在も共産党と南ア労働組合会議(COSATU)を支持母体とする。

 一方、第2党のDAは、アパルトヘイト時代の白人リベラル政党だった進歩党をルーツとし、近年は安定して80議席以上を獲得しているが、基本的に白人財界寄りであり、ANCが民主化後に続けてきた黒人向けアファーマティブ・アクション「Broad-Based Black Economic Empowerment 政策(通称BEE)」の廃止を選挙公約に掲げた。

 このためGNU発足時には、内部に左派を抱えるANCと、白人主体で財界寄りのDAの連立の行方を危ぶむ声もあったが、民主化後のANCの経済政策は基本的に市場重視の新自由主義路線で一貫しており、筆者はそれほど憂慮してはいなかった。

教育をめぐって政府内対立が顕在化

 ところが、GNU内の対立は、経済政策とは全く別の分野で顕在化した。それは教育政策を巡る対立であった。

 対立の発端は総選挙の2週間前の5月16日、ANCが単独過半数を有していた国民議会で、教育基本法改正法(通称BELA法)が賛成多数で可決されたことであった。

 BELA法とは、南アの公立学校に対する政府による管理強化を実現する法律だ。ラマポーザ大統領はGNU発足後の9月13日にBELA法に署名したものの、署名と同時に、同法の一部条項の施行日を3カ月遅らせると宣言した。GNU内の最大パートナーDAがBELA法施行に強硬に反対したからである。

 BELA法を巡るANCとDAの対立の背景には、民主化から30年を経た今も人種によって事実上分断された南ア社会の現実がある。オランダ系白人の子孫である「アフリカーナー」を主体とする国民党が1948年の総選挙後に開始したアパルトヘイトでは、異人種間の交際・結婚が禁じられ、黒人に参政権はなく、公園、郵便局、電車、バス、タクシー、レストラン、ホテル、教会、公衆トイレ、映画館、エレベーター、海水浴場などあらゆる施設で人種別利用が定められた。黒人に高等教育を受ける権利はなく、単純労働以外の職に就くことは禁止され、移動の自由はなく、逮捕状なしで逮捕・拷問された。最大時でも総人口の2割程度だった白人が国土の87%を占有し、総人口の7割以上を占めた黒人は国土の13%の土地に強制的に居住させられた。……

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