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第5部 再起する日常(7) 虐殺の記憶と生きる

2026年3月17日


<span>第5部 再起する日常(7) 虐殺の記憶と生きる</span>
ブチャ虐殺にかかわったとして訴追されたユーリ・キム(右上)ら5人[ウクライナ国防省情報総局のフェイスブックページから]

2026年1月、雪に覆われたブチャは、それなりに活気のある平凡な郊外都市の姿を取り戻していた。ロシアによる侵攻間もなくから1カ月あまりロシア軍の占領を受け、400余人の住民が虐殺されたキーウ近郊の街だ。当時、路上に多数の遺体が転がる映像は世界に伝わり、たとえ短期間でもロシアに占領された土地で何が起きるかを明白にした。ブチャにはまだ身元が判明しない42人の遺体がある。再起する日常の中で粘り強く進む実態解明の取り組みから、虐殺の命令を下した指揮官『キム』の横顔も浮かび上がってきたという。【現地レポート】

 ロシア・ウクライナ戦争を語るとき、ブチャ虐殺を避けては通れない。2022年2月から3月にかけて、キーウ郊外ブチャを占領したロシア軍が住民ら400人あまりを殺害したこの出来事には、人命を軽視し、人権を無視するロシア軍の本質が凝縮されているからである。

 筆者は、キーウを訪れるたびに現地に足を運び、惨事から4年になるこの間の変化を観察してきた。初めて訪ねた2022年4月、ロシア軍が去って間もない街は荒れ果て、ビニール袋にくるまれた遺体が残っていた。人影もまばらだった街に、避難していた住民が次第に戻り、やがて住宅の修復も進んだ。瓦礫が撤去され、店が再開し、新しい店も開いた。酷寒の2026年1月、雪に覆われたブチャは、それなりに活気のある平凡な郊外都市の姿を取り戻していた。

 ブチャ最大の教会、聖アンドリー教会の敷地内に立つ追悼祈念碑以外に、虐殺の痕跡を見つけ出すのは今や難しい。しかし、当時の記憶が人々の意識から消え去ったとも思えない。人々はその過去と、どう向き合っているのだろうか。虐殺の実態はどこまで解明されたのか。

 聖アンドリー教会の司祭アンドリー・ハラヴィン(53)を訪ねた。……

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