妊婦が安心して島で過ごせるよう、血の通った遠隔診療を実践
医療体制の整った本土で暮らす人が、離島における妊娠・出産を巡る実情を想像するのは難しいだろう。礼文島の場合、島で受けられる本土の産婦人科の出張診療は3カ月に1回。妊婦が定期的に健診を受けるには、約2時間かけてフェリーで稚内へ渡らなければならない。移動だけでも大変な妊娠期間にあって、つわりが強かったり船が苦手だったりすると、その往復は想像以上の負担となる。
こうした現実に対し、升田晃生は2020年からオンラインでの遠隔妊婦健診・診療に取り組んできた。旭川医科大学、札幌医科大学、北海道大学の三大学連携による実装研究として始まったこのプロジェクトは、超音波画像伝送システム「ボーダレス・ビジョン」(KizunaWebオンライン診療システム)を用いたもので、血圧測定や尿検査といった身体診察だけでなく、胎児エコー(超音波検査)をリアルタイムで本土の専門医に共有できる。
「身体診察や胎児心拍モニターだけでは不十分。エコーは得られる情報量が多く、胎児の姿、心臓がバクバクと動いている様子を抽出するとお母さんたちがすごく喜ぶし、それを産婦人科の専門医も見てくれているという安心感もあるんです」
と晃生は語る。このプロジェクトを進める上で「Doctor to Patient with Local doctor and Nurse」という体制に徹底してこだわった。本土の専門医と離島の患者をオンラインシステムでつなぐだけでなく、両者の間に地元の医師と看護師が介在することで、患者の不安を取り除く。また、「あらゆる事態への対応を求められる離島の医師」としての自身のトレーニングの意味合いも大きいという。
「僕は産婦人科医ではないので、島のお母さんたちのためには、なるべく数多くの妊婦健診を経験しなければならないと思っています。何か異常があった時に気づけるかどうかは、正常な状態を繰り返し見て感度を研ぎ澄ませておくことにかかっているからです」
近年、島内で妊婦は年間平均5人前後、そのうち3名程度が遠隔妊婦健診を利用している。妊婦は出産予定日が近づくと本土へ渡り、出産の準備に入る。本土に渡る前に晃生が複数回の健診を行い、そのつど遠隔システムを通じて市内稚内病院産婦人科の主治医としっかり情報を共有する。もちろん、何かしらのリスクを抱える妊婦の場合は稚内への定期通院が基本となる。遠隔健診・診療は、あくまで島で安心して過ごすための補完的な役割を担っているのだ。
離島だからこそ、がん診察体制を整える
もうひとつ、晃生はがんの診察体制の整備にも力を入れてきた。離島でがん治療を行えると聞くと驚く人もいるかもしれないが、
「うちの父からしたら『いや普通だろう』って感じなんですよね」
彼の父・鉄三は船泊診療所の所長となってから約40年かけて、住民健診や訪問診療、人工透析、精神科の遠隔診療、MRIや高速CTの導入など島の医療体制を拡充してきた功労者だ。
「離島医療の基本は総合診療、老若男女のあらゆる症状や疾患、相談に対応しなければなりません。であれば、がんの診察も当然やることになるだろう、というのが父の感覚です。僕もその感覚は引き継いでいるのですが、そうは言ってもがんの診察には一定のトレーニングが必要で、常にアップデートしていくことも大事です」
こうした考えの下、晃生は消化器外科医としてのキャリアを軸として、着任以来23症例のがん治療に携わってきた。原則、前日に入院して点滴治療や副作用のケアを行い、翌日早朝に採血し、検体を第一便のフェリーで稚内に提出、その結果が昼過ぎにFAXで届くので、確認の上で医師自ら薬剤調整を行い、化学療法(抗がん剤点滴治療)を開始する、といった運用を確立しているという。
「礼文島で診断した後、本土の中核病院に紹介して治療を進め、疾患や患者さんの状況にもよりますが、化学療法は可能な限り島で継続します。副作用のケアをしっかり行い、定期的なCT検査と採血検査で治療効果を判定して中核病院と情報共有、必要に応じてレジメン(治療計画書)変更などの検討を行います」
このように本土の専門医療機関と緊密に情報をやりとりすることで、患者たちは離島にいながらにして高水準ながん治療を受けられるのだ。ただ、晃生の本当の狙いは、何より早期にがんを見つけることにある。
「手術しないで治ればそれがベストじゃないですか。低侵襲で完治し得るし、医療経済的にもパフォーマンスがいい」
早期発見・治療が患者の負担を最小化し、島で生活を続けることを可能にする。そのために内視鏡設備も拡充し、診断精度の向上も図り続けてきた。こうした努力の結果、実際に毎年数人のがん患者が早期発見されており、晃生は「そのたびに本当に嬉しい」という。
一方、がん治療には当然、厳しい面もある。病状が進行すれば、抗がん剤が効かなくなるフェーズが必ずやってくる。その先の終末期の緩和治療や看取りまで、一貫したがん治療を目指しているのだ。……