仕事の方を、整理した
――『ローマ人の物語』には、物凄い数の事件、事実、人物が出てきます。それらのデータはどうやって整理してらっしゃるのでしょうか。
塩野 昔、『「超」整理法』がベストセラーになった時に、よく聞かれたんですよ。あなたはどうやって整理してるのかって。私の答えはいつも同じ。資料ではなくて、仕事の方を整理しちゃったんですよ、と(笑)。だから、普通に考える資料整理は一切しない。つまり全てを、頭の中で泳がせてるわけ。
――取材旅行に行かれた場合はどうでしょう?
塩野 どこに行こうとも、旅行記って書いたことがないんです。一応は文章のプロですから、旅行記を書くと、文章として書き上がった時に、それの方のインパクトが強くなる。頭の中で泳がせていた時よりも、書いた自分を拘束することになる。
――かえってよくないのですね。
塩野 例えば小アジア地方。あの地方は相当詳しく見てまわったけれど、あそこはね、一時代だけの地方ではないんです。それこそ延々と何時代にもわたって歴史が積み重なっているわけですよ。だから、旅行記を書いてしまうと、何世代も積み重なった歴史を持つ小アジアを1回で書くことになる。でも、もしも書かなければ、私の頭の中の引き出しは何にも縛られることなく自由なままです。後で、ギリシア時代の小アジアが必要ならば、その分を取り出しそこだけを書く。ある時は、ローマ時代の小アジアだけ取り出す。まだ書いてないけれど、十字軍時代を書こうとすれば、その時の小アジアをすぐ取り出す、そういうことが出来る。つまり必要なものだけを取り出すためには、形として出来上がっていては具合が悪いんです。
――では、取材先のイメージというものはすべて素のまま頭の中に寝かせてあるというわけですね。
塩野 そうです。別の譬えだと、マグロがあるとします。これを、照り焼き用の切り身にさばいてしまう。そしたら、その照り焼きにして残ったのはそれ以外では使えない。じゃあ、お刺身にしようと、全部綺麗に切りますね。だけど残っちゃった。じゃあ残りは、照り焼きにしようか? とんでもない、お刺身を照り焼きにしたっておいしくない、そういうことですよ。だから私は、マグロは塊のまま、そのまま置いておく。初めから刺身用、照り焼き用、何用と分けないんですよ。だって次に自分がどの時代の何を書くか、わからないんですから。
――なるほど。
塩野 というわけで仕事の方を整理しちゃったから、その関連だけを考えていればよい。例えば、テレビのニュースを見ていて、アメリカとイラクの戦争が始まった。で、アメリカ軍はどうやってイラクを攻めるんだろうか、とみんな思う。ところが私は、ローマは同じところに攻め込むのにどうやっていたのだろうか、という風に考える。ローマが、パルティアやペルシアとの戦争をする時にはどのようにしたか。こう考えることで、古代も生きて私の眼の前に現われる。更に、ローマは成功したのに、アメリカが成功していないのは何故だろう、って、新たな想像が次々膨らむ。一方で、仕事は一つに絞っているから、アメリカ軍がどうイラクと戦争をしているかについてどこかに書く義務はない。おかげで、いろいろな事をいつも自由に考えていられる。
――また新しい発想へ繋がっていくわけですね。
塩野 それが仕事を一つに絞った場合の利点です。だから私は、『ローマ人の物語』の読者にありがとうってお礼を言いたいんです。だってもしもあのシリーズが売れなかったら、私でも他の仕事もせざるを得なかったと思うのね。そうすると、他のことも考えることになるから、頭を空にしておくことはできない。でも多くの読者のおかげで、私は自分の頭を全部ローマ史に提供出来たわけね。それはすごく嬉しかったことです。
野戦の指揮官タイプ?
――小アジアの話が出ましたが、実際の取材はどんな風に行われていましたか。
塩野 昔からそうなんですが、お金のあるなしにかかわらず、自分が知らない所へ行く時は三顧の礼を尽くして、その土地の最高のガイドを頼むんです。そうすると、ほとんど当地の大学の先生ね。言葉にしても、イタリア語か、フランス語か、それともラテン語か、もう混ぜこぜ。でも、「どうしてですか? なんですですか?」ってしつこく聞くと、「いや、それならばこの近くにあるあれを見た方がいい」って親切に教えてくれるようになる。最後はたいてい、「楽しかった、お金はいらない」って言ってくれたわよ(笑)。
――こんなに自分の話を熱心に聞いてくれるのか、という感じでしょうか。
塩野 だから、『ローマ人の物語』は、15年で済んでいるわけじゃないのよ。仕込みから入れたら、40年以上もかかっている。その時には、いつか書くとまでは考えていなかったけれど、でもやっぱりいろいろ見てはいたのです。
――現地で写真なんかは撮られたりしたんですか。