アメリカで起きる極論同士の対立
――なぜいま、新潮QUEのようなデジタルメディアが必要なのか。メディアが抱える“不都合な真実”を長年指摘してきた、橘さんのお考えをお聞かせください。
橘 「日本のメディア業界はいま分水嶺に立っています。アメリカで起きたことは2〜3年のタイムラグを置いて日本でも同じことが起きますが、そのアメリカのメディアがいま大きく変わりつつあります。一言で言うと、いままで以上に個性の強い独立系のメディアが直接読者とつながるようになってきているんです。それに気づいたのは、昨年11月に『The Free Press』というウェブメディアが、ゾーラン・マムダニがニューヨーク市長に当選した直後、ピーター・ティールのインタビューを掲載したときです。なぜこんなネット新聞にティールのような大物が登場するのか、不思議に思って調べてみたら、『The Free Press』はニューヨーク・タイムズの元記者が2021年に立ち上げた月額 10〜12ドルのサブスク媒体で、わずか4年で大きな影響力をもつようになっていて驚きました」
――『The Free Press』はSubstackと呼ばれる、誰でも有料ニュースレターを作れる外部サービスを用いて創刊されたそうですね。Substackは日本で言うと、noteのようなものでしょうか。その後、メディアとなり、昨年時点で17万人強の会員がいるそうですが、なぜそれほど人気のある媒体になったのでしょう。
橘 「『The Free Press』の立ち位置は〝反ウォーク・反キャンセルカルチャーのリベラル〟、つまり中道リベラルです。アメリカ社会は共和党の保守と民主党のリベラルの対立で理解されますが、近年は両者の分断があまりに激しくなって、新聞やテレビなどの主流メディアもそれぞれの政治的立場に引きずられるように右と左に『極端』に振れてしまった。例えば、気候変動について言えば、左派はこのまま気温が上昇して人類は滅亡するという『マッドマックス』的世界を語り、一方の右派は地球温暖化など起きていないと主張する。これは不毛な対立で、近年では確かにCO2排出量が増加し、気温は上昇しているけれども、それに適応できる可能性は十分にあるというのが研究者の合意になってきています。人種問題やトランスジェンダー問題でも同様の極論同士の対立が起きていて、結果的に中道リベラルの人たちが読むメディアがなくなってしまった。こうして右と左の中間地点に大きな読者マーケットが生まれ、そこを『The Free Press』のような独立系メディアが開拓したのです。今のアメリカでは、これまで新聞に寄稿したり、テレビのコメンテーターになっていた知識人も、Substackで自分のメディアを作って、動画やポッドキャストなどを活用しつつ、読者に直接アプローチするかたちに変わってきています」
――アメリカで起きたことは日本にも起きる。先のお話からすると、日本でも同じ現象が起きるということなのでしょうか。
橘 「日本はアメリカほど極端な文化戦争が起きているわけではありません。メディアの対立もアメリカに比べれば緩やかで、オールドメディアに対する不満が高まっているといっても、そういう人たちが大挙して、Substackと似たサービスともいえるnoteに言論の場を求めているわけでもない。そうした中で、新潮QUEのように、新聞やテレビのような大メディアでも、個人メディアでもない、出版社が提供するサブスク媒体が新しい言論のハブになれるのではないかと期待しています」