<span>人事、人材育成、NSSとの干渉…インテリジェンス・サイクル確立へ「国家情報局」の難題</span>

この7月末に発足した国家情報局。政府インテリジェンス機能の司令塔としての役割を期待される同局だが、組織ができただけで日本の「情報力」が強化されるわけではない。インテリジェンス・サイクルの確立、専門人材の育成、国家安全保障局との分担、職員の人事――まだまだ課題は山積している。政府情報機関の中核として国家情報局に求められるものは何か、初代国家安全保障局長の谷内正太郎氏に聞く。

インテリジェンス・サイクルの確立が不可欠

 2022年に閣議決定された国家安全保障戦略では、「総合的な国力」による安全保障の確保を重要視しており、外交力、防衛力、経済力、技術力、情報力が基本的要素として位置づけられています。この中で、日本が最も立ち遅れているのは「情報力」だと思います。

 今回の国家情報会議・国家情報局の設置についても「情報力」の強化が主たる狙いで、インテリジェンス機能強化の必要性が政府・社会の間でも共有されてきていると感じます。とはいえ、一口にインテリジェンス機能強化と言っても対象となる情報は非常に幅広く、軍事、政治、経済、社会、教育、文化にまで多岐に及びます。その中でも、特に日本に求められるのは外交・安全保障分野の機能強化でしょう。

 かねてより、これらの情報は外務省や防衛省などが収集していましたが、諸外国と比べると専門的に情報収集・分析をするには体制が限られていました。集めた情報については、信頼性や重要性を分析し、日本の政策や国益にとってどのような意味を持つのかを評価しなければなりません。そして、適切な分析や評価のためには、十分な量の情報を集めることが欠かせません。情報収集には人員が必要ですし、予算も必要です。まずは、外交・安全保障分野の情報収集・分析体制を強化することが重要になります。

 また、国家のインテリジェンス機能を強化するには、「インテリジェンス・サイクル」が正常に機能することが不可欠です。政策決定者が情報要求を出し、情報機関がそれを踏まえた情報収集を行い、収集した情報を処理・分析して政策決定者に報告する。国家情報局はこのサイクルの司令塔として首相官邸からの情報要求に応える。また、自衛隊の現地部隊や在外公館といった現場を含めて横方向にも情報を共有していく仕組みも求められます。

 国家情報局を新たに設置することでいきなりインテリジェンス機能が強化されるわけではありません。総合的な制度設計が必要であって、今回その一部が成立したに過ぎないと捉えています。

「国家安全保障局」との適切な距離感は

 情報当局である国家情報局と政策当局である国家安全保障局(NSS)の関係もまた非常に重要な課題です。国家情報局は前述の通り情報の収集・分析を、NSSは安全保障にまつわる政策の企画立案を担います。両者がそれぞれの役割を果たすことが重要です。今回、国家情報局とNSSが同列に置かれ、局長も同格となりましたが、両者の関係については法律に明示されていません。

 避けなければならないのは双方の過度な干渉です。例えば、政策当局が特定の政策を進めたい意図から、情報当局に対して「有利な情報はないか」と干渉して情報をもらうというケースがあります。悪い前例として、イラク戦争直前に米国のコリン・パウエル国務長官(当時)が、国連安保理の場でイラクが密かに大量破壊兵器を隠し持っている旨を報告しました。これは情報当局の情報をもとにした報告でしたが、イラクへの武力行使という固い政策的意図のもと、それに合う形で情報が扱われた面があったと言われています。政策当局の意図に合わせて情報を選別したり、特定の情報だけを取り上げたりすることがあってはなりません。

 逆に、政策当局が集約した情報に基づいて政策決定をしようとしている際、情報当局が「その政策はおかしい」「判断が間違っている」と、政策決定に介入することも避けなければなりません。政策決定は政策当局が行い、情報当局は判断に必要な情報を提供する。それぞれが本来の役割を果たし、相手の領域に不当に干渉しないことが重要です。両者の間に一定の緊張関係が生じるのは、必要なことだと思います。むしろ、馴れ合いになってはいけません。人間が運営する以上、属人的な問題を完全になくすことはできません。だからこそ、制度として役割分担や牽制関係を明確にする必要があります。

 また、国家情報局の人事についても偏りが出ないよう注意を払わなければなりません。日本にとって特に重要なのは、外交・安全保障を中心とする様々な情報を集め、総合的に分析するインテリジェンス能力です。「インテリジェンス」と聞くとスパイ行為のイメージがありますが、スパイの取り締まりといった活動は「カウンター・インテリジェンス(防諜)」の分野で、警察庁や公安調査庁が既に一定程度担っています。国家情報局は、外交・安全保障に関する情報を幅広く収集して総合的に取りまとめる組織になるのでしょうから、その局長にも幅広い経験や能力が求められます。

 そのため、局長ポストを特定の省庁出身者の「指定席」にすることは避けなければなりません。局長以下、局内のパワーバランスが特定の省庁に偏ってしまうと、情報収集や判断がその省庁の得意分野に偏り、総合的な情報力を損なうことになりかねない。局長は基本的には行政実務を理解した官僚が適任となることが多いと思いますが、適材適所の考え方の下、国際政治学者から国家安全保障担当大統領補佐官や米国国務長官に就任したヘンリー・キッシンジャーのような学問的知見と政策実務の双方を理解する人材が就くことも視野に入れて良いのではないでしょうか。

 国家情報局が集めた情報を単独で分析してまとめ上げることには限界があるとも思っています。各省庁の情報を一か所に集め、関係者が共同で分析・評価する仕組みが必要です。英国は、「合同情報委員会(JIC)」を設けて各省庁の情報部門の責任者たちで情報を総合的に評価します。日本でも、国家情報局長が合同情報委員会のような会議を取り仕切って国家情報局が事務局となる、という形が良いのではないかと考えています。

おすすめの記事

すべて見る
戻るボタン 次へボタン

注目の特集

すべて見る
戻るボタン 次へボタン

おすすめの電子書籍

すべて見る
戻るボタン 次へボタン

おすすめの動画

すべて見る
戻るボタン 次へボタン

ニュースレターを購読する

新潮QUEは、「問う力」を養っていくためのサブスクリプションサービスです。

無料登録する