不思議と来館者の年齢構成が変わらない
「私と向田作品の最初の出会いは学校の教科書に載っていたエッセイ『字のない葉書』でした。中学生や高校生の時に、久世光彦さんが演出したテレビの『向田邦子新春スペシャル』を好きでよく観ていましたが、向田邦子さんという名前を意識したのは、この仕事を始めてからでした」(井上育子、以下同)
脚本家、作家、エッセイストでもあった向田邦子は最初、どんな存在に思えたのだろうか?
「自分が20代の頃には、お洒落で仕事も出来て、作家としても認められて、本当にすごい方だという憧れがありました。ただ、段々と年齢を重ねていくと、向田さんが脚本を書かれたドラマひとつをとっても、昔観た時と今とでは、まったく感覚が違います。若い時にはわからなかった、作品に描かれている人間の面白さや深さ。人生経験を重ねたことでそれがわかるようになってきたので、40代になって以降が一番、向田さんの作品を楽しめていると思いますね。文学館に来館される世代も、40代が多く、さらに50代、60代の方も、という感じなんですが、不思議とその年齢構成が変わらない。どんどん“次の40代”にバトンタッチされていくんです。ドラマだけでなく、エッセイや小説も、私と同様にその世代が、最も向田さんの作品を楽しめるのかもしれません」
ただ、向田邦子が亡くなって45年。彼女が書いたドラマをまったく知らない若い世代の来館者もいる。そんな人たちは、向田邦子のどこに魅力を感じているのだろうか?
「若い方は私と同じように、最初は教科書に掲載されたエッセイで、向田さんのことを知ったという方が多いです。そのため、向田さんのことを『エッセイスト』だと思っている人が多いんです。文学館に来て展示を見て初めて、ドラマの脚本を書いていたり、小説を書いていた向田さんのことを知る人も増えてきました。少し前までは、ドラマを観ている世代が多かったので、『脚本家』のイメージが強かった。でも今は逆で、『ドラマを書いている方だとは知りませんでした』と言われることも多いですね」
向田邦子の作品には、昭和の家族関係や生活ぶりを描いたものが多い。そういった作品を、若い来館者はどのように受け止めているのだろうか?
「来館した学生さんたちに昭和のことを説明すると、やはりピンと来ない感じがあるんです。彼らにとっては向田さんの作品でも、例えば後期の『夜中の薔薇』(講談社文庫)や『男どき女どき』(新潮社文庫)に収録されている、旅とか食、お洒落に関するエッセイの方が、身近に感じるようですね。逆に向田さんが自分の家族のことを書いた『父の詫び状』(文春文庫)のようなエッセイは、戦前の昭和という時代が前面に出てきますから、時間の流れ方や考え方が今の方とは少し違うのかな、と来館者の反応を見て感じます」
暮らしぶりへの共感を抱く現代の読者
では今の来館者は、向田邦子本人にどんなイメージを持っているのだろうか。少し前までは、文章を書きながら南青山のマンションに一人で暮らす、自立した女性の先駆け的存在というイメージが強かった気もするが?