ひとたび戦争が起きると、最大の焦点は勝敗の行方であり、戦況に関心が集まるのは当然である。両者が対峙する最前線の向こう側、占領地で何が起きているかは、通常だと二次的な関心事である。
ただ、ロシア・ウクライナ戦争の場合、戦時という異例の事態だけでは説明できない規模の暴力や人権侵害が、ロシア占領地で常態化している。その実態が、現地から脱出した人々の証言やロシア内部の告発、国際機関やNGOの調査によって、次第に知られるようになった。特に、子どもたちを巡る境遇が喫緊の課題であるとの認識が、広く共有されるに至っている。
ロシア側が公表する内容は信憑性に薄く、証言や調査から得られる情報も断片的で、実態には謎が多い。そのような状況下、危機感を抱く欧州安全保障協力機構(OSCE=57カ国、本部ウィーン)の加盟41カ国は2026年5月、加盟国内の人権や民主主義に関する重大な違反を調査する「モスクワ・メカニズム」1を発動し、占領地の子どもたちへの軍事訓練や思想教育に焦点を当てる独立専門家調査団を立ち上げた。ロシア、ウクライナはともにOSCE加盟国である。
その成果「ロシアによるウクライナの子どもたちへの軍事化と思想教育に関連する国際人道法、人権法、刑法の違反と濫⽤に関する報告書」2が7月9日に公表された。全体像をつかみにくいこの問題を包括的に読み解こうと試みた調査結果である。
このテーマに関して、筆者はこれまで、ウクライナの子どもたちが千島列島に連れていかれた例3、北朝鮮に連れていかれた例4、ウクライナに帰国した例5と、3回にわたり報告してきたが、それぞれのストーリーがどのような位置づけにあり、どんな意味を持つのかを考えるうえでも、本報告は有益だと考える。
その概要を紹介したい。
子ども連れ去りは2万人以上か
調査団に参加した専門家は、エルヴェ・アサンシオ(フランス)、エリーナ・シュテイネルテ(ラトビア)、シュテファン・ヴォルフ(英国)の3人、事務局はOSCEの民主制度・人権事務所(ODIHR、本部ワルシャワ)が担った。調査団は文献調査のほか、ウクライナを訪問して関係者への聞き取りなどをした。ロシアは協力要請に応じなかったため、調査団はロシアが公表している声明などを分析した。