ロシア占領下に置かれたウクライナの未成年者たちの苦難をこれまで見てきたが、ウクライナ側の子どもたちもまた、ミサイルやドローンによる攻撃に日々さらされる厳しい立場に置かれている。ただ、全面侵攻からすでに4年半をこの状態で過ごしてきた彼らにとって、戦争はもはや、日常に溶け込んだ存在のようである。キーウの街で子どもたちに会い、暮らしぶりを聞いた。
7月は473人の民間人死者
筆者がキーウに到着したのは2026年7月5日の夕刻だった。その夜、中心部のホテルで寝入っていた午前1時前、ドカンという爆発音によって起こされた。
音は割と至近で、2度3度と連続した。ミサイルかドローンを迎撃したのだろう。慌ててトイレに避難する。ミサイルの直撃を受けるとひとたまりもないが、破壊力の弱いドローンだと、窓がある寝室にいるよりも安全である。その後も爆発音を耳にしつつ、便器に腰かけてアプリにかじりつき、ミサイルの飛行経路を調べながら明け方まで待つ。
その夜、キーウとその近郊は20発以上のミサイルに見舞われた。午前1時前のものは迎撃できたようだが、午前3時ごろのものは迎撃に失敗した。犠牲者は計21人に及んだ。
2026年の春以降、ドローン技術を著しく向上させたウクライナ軍はロシア領内に相次いで攻撃を仕掛けていた。恐らくこれに対する報復だろう、ロシア軍は、マンションや学校、病院など都市の民間施設を狙う攻撃を激化させた。最終的にこの7月はウクライナ全土で少なくとも437人の民間人の死者を出し、全面侵攻当初を除くともっとも犠牲者が多い月となった1。前月比3割増、前年同月比だと7割増である。6日朝の攻撃はその中でも、首都の被害としては最大規模のものだった。
6日午後、特に大きな被害が出たマンションの現場を訪ねた。
キーウの中心部から少し外れたポディル地区の一角である。9階建てマンションをミサイルが直撃し、上層部分をもぎ取った。ベランダ部分が崩れ落ち、部屋の中が丸見えである。その中に人が埋まっているのだろう。作業員がよじ登り、コンクリート片の下から遺体を取り出し、クレーンに乗せる。多数の市民が集まってその様子を見守っている。家族が行方不明なのだろうか、泣き叫ぶ女性もいて修羅場である。
着弾した時の様子を、近くに住む元英語教師のエルヴィーラは振り返った。