前回選挙の直後から波乱の4年間
イスラエルでは今月27日、4年ぶりの総選挙を迎える。選挙の最大の焦点は、ベンヤミン・ネタニヤフ政権の継続か否かだ。 2022年12月末に第6次ネタニヤフ政権が発足して以降、イスラエルはかつてないほどの混乱に見舞われてきた。
政権発足から1カ月も経たない23年1月、ネタニヤフ政権が最高裁判所の権限を弱めることを目的とした「司法制度改革案」を発表すると、国内各地で大規模な反対デモが起き、参加者は30万人を超えることもあった。そして、このデモが続くなか、23年10月7日にハマスによるイスラエルへの大規模越境攻撃が行われ、以来、ガザ地区に対する苛烈な攻撃が行われることになった。
ガザ地区での死者は7万人を超え、ハマスによる攻撃を受けたイスラエルに対する国際的なシンパシーは、一転して同国への厳しい外交的姿勢へと変わり、フランスやイギリス、カナダといった主要国によるパレスチナ国家への承認へと繋がった。国際司法裁判所(ICJ)ではジェノサイド条約違反をめぐる裁判が行われ、国際刑事裁判所(ICC)ではネタニヤフ首相やヨアブ・ガラント前国防相に対する逮捕状が発行された。
さらに、宗教極右勢力と連立を組むネタニヤフ首相が、パレスチナ人への暴力行為を続ける過激派ユダヤ人入植者への有効策を打ち出せないことから、オランダやアイルランドなどが入植地産品の輸入を禁じ、後にイギリスも続いた。
アラブ系の投票率が連立の枠組みにも影響
今回の選挙を見るポイントは2つある。1つは、アラブ系有権者の投票率だ。イスラエルには、第1次中東戦争の際にイスラエル側に残ったパレスチナ系住民やドゥルーズ系といったアラブ系有権者がいて、有権者全体の約16%を占めているとされる。今回の選挙の有権者は全体で約733万で、およそ117万人がアラブ系有権者と推定される。
アラブ系有権者は一般的にユダヤ系有権者よりも投票率が低いため、ユダヤ系に比べると伸び幅がある。イスラエルの選挙は全国1区の比例代表制であるため、アラブ系有権者の投票率の上昇は、アラブ系政党の獲得議席数に直結し、すなわちユダヤ系政党の議席数が減ることを意味する。アラブ系の投票率は前回2022年の選挙では53%だったが、ユダヤ系の投票率を前回同様と仮定すると、理論上はアラブ系の投票率が5%上がれば、アラブ系政党が1議席を積み増すことになり、ユダヤ系が1議席減る。
イスラエルのアラブ系都市では、2022年の第6次ネタニヤフ政権発足後、警察を統括する国家治安相に宗教極右のイタマール・ベングビール氏が就任したことで治安対策がおそろかになり、犯罪が急増した他、経済格差が残るなど、課題が山積みとなっている。現地民放『チャンネル12』の記事によれば、アラブ系識者の分析では、こうした地域の投票率は上がるという見方もある。
イスラエルの選挙では、各政党が議席を獲得するためには、全有効投票数の3.25%以上を獲得しなければならない。アラブ系有権者によって全体の投票率が押し上げられれば、3.25%を突破するための得票数も引き上げられることになるのだ。これは、強硬右派の新党アムハ・イスラエルと、中道右派政治家と経済学者の政党連合が、最低得票率に到達できるかどうかに影響し、ひいては連立交渉をも左右する。
野党側もアラブ系政党なしでは過半数を取れない
もう1つの注目点は、再選挙の可能性だ。選挙前の時点で再選挙の可能性を取り上げるのは気が早いかもしれないが、現地ではすでにそうした事態も想定されている。
これには前例がある。2019年4月の総選挙では、定数120のうち、ネタニヤフ氏が率いる強硬右派リクードと、元参謀総長ベニー・ガンツ氏が率いる中道政党「青と白」が、いずれも35議席を獲得、ネタニヤフ氏が他党から過半数を超える支持を集め、組閣権限を得た。イスラエルでは、各政党が大統領に組閣の際の支持政党を伝え、大統領は最も組閣成立の可能性がある政党に組閣権限を与える。
しかし、連立協議では交渉が難航。旧ソ連系市民を支持基盤とする反宗教の右派「イスラエル我が家」のアビグドール・リーベルマン氏が、ユダヤ教超正統派の兵役免除に断固反対し、ネタニヤフ氏による連立工作は失敗した。ネタニヤフ氏は組閣権限を返上することもできたが、返上せずに議会を再解散。2019年9月に選挙が行われることになった。ところが再選挙後の連立交渉も再び破談に終わり、2020年3月に3度目の選挙が行われた。そして、2020年5月、最終的にはリクードと「青と白」の大連立内閣が成立。首相は両党の交代制で、ネタニヤフ氏が先に首相を務めることになった。まさにネタニヤフ氏の粘り勝ちだったと言える。
今回の選挙の情勢分析では、ネタニヤフ陣営が過半数の61議席には程遠い一方、反ネタニヤフ陣営もアラブ系政党なしで61議席に到達することは現時点では難しい。2021年にはアラブ系政党が史上初めて連立与党に入ることでナフタリ・ベネット政権が発足し、ネタニヤフ退陣に至ったが、1年で崩壊した。この時の連立崩壊は、ユダヤ教の戒律に則った食事の扱いをめぐるユダヤ系政党内の対立が主な原因で、アラブ系政党との立場の違いではなかった。しかし、2023年10月のハマス攻撃以降のイスラエルにおいて、アラブ系政党を連立与党に招き入れることは世論的に難しい。アラブ系政党からの閣外協力を得る少数派内閣という選択肢もなくはないが、アラブ系政党に支えられることに変わりはなく、ネタニヤフ陣営にとっては格好の攻撃材料となる。このため、反ネタニヤフ陣営も議会多数派による組閣の可能性は現状では極めて低く、再選挙の可能性が現実味を帯びてくるのである。
「パレスチナ国家と平和に共存可能」と答えた人は2割以下
選挙戦が佳境を迎えるなか、有権者は何を重視して投票するのか。世論調査からは、ユダヤ系とアラブ系で関心が異なることも見えてくる。イスラエル民主主義研究所の調査によると、投票において最も重視することについて、ユダヤ系では「外交・安全保障」と「経済・生活コスト高対策」が上位となった一方、アラブ系では、特にネタニヤフ政権になってから悪化したアラブ社会における治安対策が挙げられている。
一方、国際的には、イスラエルが中東の混乱の根源にあるパレスチナ問題にどう向き合うのかに注目したいところだろうが、全く選挙の焦点とはなっていない。過去のインタビュー記事で記載したように、労働党と左派メレツが合流した中道左派・民主党のヤイール・ゴラン党首だけは、パレスチナ問題の解決が必要だと明確に訴えるが、新党の「ベ・ヤハド」は、パレスチナ国家には反対し、「イスラエルわが家」のリーベルマン氏も、元々パレスチナには強硬派だ。
イツハク・ラビン元首相やエフード・バラク元首相など、歴代の参謀総長経験者が退役後には左傾化し、パレスチナ問題の解決を訴えてきたことを踏まえれば、今回の選挙で最も注目されている元参謀総長ガディ・アイゼンコット氏の立場が気になるところだ。「青と白」の党首として数年前まではネタニヤフ氏とトップを争っていたガンツ氏の支持は低迷しており、このまま最低得票率に達する見込みがなければ、ガンツ氏が持っていた票はアイゼンコット氏に流れる可能性が高い。