<span>GoogleのAI解説まで情報汚染「中国の罠に気を付けろ!」と言いたいがために「中国の古典」を誤用する人</span>

「有能な使者を冷遇し、無能の使者を歓待する」――岩屋毅前外相の訪中をめぐり、こんなフレーズがXで注目を集めた。だが、古代中国の兵法書『六韜』からの引用とされたこの言葉、実は原著に存在しない。なぜ引用は正確に行われなければならないのか、ライターの梶原麻衣子氏が批判のための礼儀作法を問い直す。

岩屋氏は「無能の使者」か

 対中外交の評価が割れている。発端は昨年11月、就任直後の高市早苗首相の国会答弁による台湾有事に関する発言だった。その後、中国側は猛反発し、日中両政府による「外交」はほとんど途絶えているような状況にある。

 こうした状況に陥ってから間もなく1年を迎えようとしているが、その間、野党に転じた公明党(当時は中道改革連合)の伊佐進一議員が8月24日に訪中。続いて、9月27日に自民党の岩屋毅前外相が民間の経済交流団体、日本国際貿易促進協会(国貿促)会長として、経済関係者を引き連れて訪中した。中国側は王毅外相との会談をセットするなど、岩屋氏を「異例の厚遇」で迎えたと報じられている。

 一方、中国側は高市首相に対しては厳しい姿勢を崩していない、と岩屋氏は述べている。また、岩屋氏訪中直後の9月30日に中国外交部の郭嘉昆副報道局長が「高市早苗」と呼び捨てにしたと香港紙が報じている。その扱いの差は歴然だ。

 日本メディアはこぞって「中国が岩屋氏を『厚遇』した」と報じているが、これに疑問を呈しているのが高市支持と見られる保守派の一部だ。彼らは「厚遇の裏には意図がある。中国の罠に気を付けろ!」とばかり、岩屋氏が厚遇を受けた、と評価するメディアへの批判を強めている。

 その中で引き合いに出されているのが「中国の古典の教え」である。例えば高橋洋一氏は、9月30日にⅩで次のように書いている。

〈中国の古来の策略にかかったか?『六韜』の「文伐」篇に出てくる、「有能な使者を冷遇し、無能(または代わり)の使者を歓待する」外交術。古典は「外交で受けた厚遇だけを、その人物の能力や成果の証しと見なしてはならない」としている。〉

 中国が厚遇する岩屋氏は「無能」であり、その無能な使者のメッセージに高市首相は惑わされてはならない、というのだ。だが、『六韜』にはこのような記述はない。

 にもかかわらず、さらに高橋氏は10月3日付の「週刊フジ」(ウェブのみ)では、次のような書きぶりを見せている。

〈筆者は中国の古典である兵法書『六韜』に記された戦略「文伐(ぶんばつ)」から、中国の策略があるとにらんでいる。六韜および文伐に直接的な表現はないものの、今回の会談劇について「奇妙な符合」を示唆するところがある。

まず第1に、敵の内部の「対話派」を厚遇する手法だ。中国側は、対中強硬派とみなす高市首相との政府間交渉を実質的に拒絶する一方で、石破茂内閣の外相で対中重視の岩屋氏を異例の2日連続で会談の席に招き、手厚く待遇した。これは、文伐にある「忠臣・強硬派を孤立させる」「対話可能な相手を囲い込む」という策略そのものだ〉

 実は高橋氏のX投稿に関しては、直後から「そんな記述はない」との指摘が寄せられていた。それを意識してか、ここでは取ってつけたように〈六韜および文伐に直接的な表現はないものの〉と入れ込んだ文章を書いている。だが、「文伐」には高橋氏の言う〈忠臣・強硬派を孤立させる〉〈対話可能な相手を囲い込む〉という主旨の記述はやはり存在しない。

元ネタは「はてなダイアリー」か

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