今なおガマに残る遺骨の数々
「一度ここで、ライトを消してみましょうか」。ヘッドライトの小さな灯りのスイッチを消すと、辺りは一瞬にして漆黒の闇に包まれた。時折、水の滴るような音が微かに聞こえるのは、前日の夜に降ったスコールのような雨のせいだろうか。
4月3日、私はかつて激戦地となった沖縄本島南部、糸満市の壕のひとつを、長年沖縄戦で犠牲となった人々の遺骨収集活動を続けてきた、具志堅隆松さんと訪れていた。鬱蒼と茂る森へと続く道なき道の先に、岩陰に隠れるように開いた地下への入り口がある。人が一人通れるほどの「通路」を恐る恐る降りていくと、長さ数十メートルはあるだろうか、その先に幅3メートルほどの洞窟のような空間が広がっていた。やや幅が広い場所は、旧日本軍が手術室として使っていた可能性があるという。
天井が剥がれ落ちたせいか足場は悪く、土や石の塊を慎重に避けなければ前には進めない。その片隅に落ちている真っ黒い塊は、古びた靴底だった。岩の上が所々黒ずんでいるのは、蝙蝠の糞が積もった跡だという。すっかり色彩を失ったこの空間で、兵士たちが使っていたらしい白い陶器のかけらが妙に目につく。
「ここから壁が焼けているのが分かりますか?」……