2.アメリカ撤退後のアフガニスタンをめぐる国際政治
ロシアやフランスにおける論考は、より冷静で客観的なものである。たとえばロシアの代表的な外交専門家であるドミトリ・トレーニンは、アフガニスタンからの米軍の撤退がこの地域一帯の不安定要因となることを、悲観的に展望している[Dmitri Trenin, “Afghanistan After the U.S. Pullout: Challenges to Russia and Central Asia(アメリカ撤退後のアフガニスタン:ロシアと中央アジアにとっての課題)”, Carnegie Moscow Center, July 13, 2021]。必ずしもゼロサムで、米軍の撤退がロシアや中国の利益になるというほど単純ではない。また米軍撤退後に大量の難民が国外に流出し、過激派武装集団の活動が活発化することを懸念し、中央アジアやロシアに対して悪影響が及ぶ可能性を指摘する。トレーニンはこのような不安定化を避けるためにも、ロシアがパキスタンとの協力を深めると同時に、上海協力機構の枠組みを用いて中国やインドなどの諸国と協力することも重要になると述べる。トレーニンは、現在の冷え込んだ米ロ関係や米中関係を前提にして、この問題でアメリカとの協力が可能な領域は限定的だと見通している。
フランスの『フィガロ』紙の記者であるルノー・ジラールは、アフガニスタン情勢をめぐる「中国の冷たいリアリズム」に注目する[Renaud Girard, “Renaud Girard: «En Afghanistan, le réalisme froid des Chinoi» (アフガニスタンでの中国の冷静なリアリズム)”, Le Figaro, August 3, 2021]。とりわけ、7月28日に中国の天津で行われた王毅外相とタリバーンのナンバー2であるアブドゥル・ガニ・バラダル師ら幹部との会談が、これから大きな意味を持つであろう。新疆ウイグル自治区でのイスラム教徒の弾圧を行う中国と、イスラム教の法律(シャリーア)に基づく厳格な宗教的統治を行おうとするタリバーンとでは、いわば同床異夢である。それにもかかわらず相互に利益を求めて「冷たいリアリズム」を徹底することにより、中国の影響力は拡大するであろう。ジラールは、信頼を失ったアメリカと、人道主義に拘泥するEU(欧州連合)と、冷たいリアリズムに徹する中国との三者で、この地域をめぐる「グレート・ゲーム」が行われ、中国がその勝者になるであろうと想定する。
アフガニスタン情勢は、国境を接するインドにとっても無視できない深刻な問題となっている。7月14日、タジキスタンの首都ドゥシャンベでは、上海協力機構外相会合が行われた。そこでは、タリバーンが占領地域を拡大する流動的な状況を受けて、アフガニスタン情勢も議論された。シンガポールの主要英語紙、『ストレーツ・タイムズ』紙では、インド人ジャーナリストのパラブ・バッタチャーリャがこの問題についての記事を寄せている[Pallab Bhattacharya, “India's Taleban dilemma(インドのタリバーン・ジレンマ)”, The Straits Times, July 23, 2021]。そこでは、タリバーンがパキスタン軍統合情報局(ISI)と密接な関係にあることに触れ、それゆえパキスタンと対立関係にあるインドにとってタリバーン政権を承認するかどうか、そしてどのような関係を構築するかは難しい問題だと論じる。この地域には独特な政治力学が存在し、インドもまたそこでの影響力を深めようとしている。
アフガニスタンからの米軍の撤退とタリバーンの勝利は、多くの国々に対してそれぞれ異なる困難な問題を突きつけている。そのようなで、アメリカはこれからどのようにタリバーンが創る新しい政府との関係を構築するか、その展望を示さなければならない。8月16日にバイデン大統領は、カブール陥落という情勢を受けてアメリカ国民に向けて演説を行った[Remarks by President Biden on Afghanistan(アフガニスタンに関するバイデン大統領の声明)”, The White House, August 16, 2021]。そのなかで、「戦争を終わらせるための決断を後悔していない」と、アフガニスタンからの米軍撤退という自らの決断が適切なものであったことを改めて強調した。また、「アフガン軍自身が戦う意思のない戦争を、米軍が戦うべきではない」と述べて、カブール陥落という帰結の責任があくまでもアフガニスタン政府とその国軍にあると論じた。……