政治

若者と高齢者に等しく「行動制限」を強いるべきだったのか?――コロナ禍と世代間の公平性

2022年4月3日


<span>若者と高齢者に等しく「行動制限」を強いるべきだったのか?――コロナ禍と世代間の公平性</span>
モニタ越しの一方的な授業、新たな友人との出会いもなく、思い描いていたキャンパスライフとはほど遠い生活を強いられた大学生も少なくなかった(写真はイメージです)

コロナ下で課せられたさまざまな行動制限は、若い世代の生活に暗い影を落とした。命を救うためという旗印のもと、一律に制限を課すことは果たして「正義」なのか。「世代間の公平」について法哲学者が改めて問う。

青春時代をコロナで塗りこめられた若者たち

〈 僕は二十歳だった。それが人生でもっとも美しいときだなんて誰にも言わせない〉

 ポール・ニザンの小説『アデン、アラビア』の冒頭を飾る言葉である。池澤夏樹はこれをカミュ『異邦人』冒頭の〈きょう、ママンが死んだ〉と並べ、20 世紀フランス小説の中で最も有名な二つの書き出しと評している。

 学歴社会フランスの頂点に立つ高等師範学校(École normale supérieure)でサルトルとも同室だった同世代では最高のエリートたる若者が、「青春は美しい」と言い募る「大人たちの紋切り型」に当事者として反撥し、老いさらばえた欧州に背を向けエキゾチックなアラビア半島南端の植民都市を旅する「イノセンスと反抗」の物語、それが『アデン、アラビア』である。

 1968年のパリ五月革命と、そこから世界の先進国に波及した学生運動の中、怒れる若者たちのバイブルのひとつとして読まれたのが、この小説だ。篠田浩一郎による翻訳(1966年刊)を読み、この小説に序文を付したサルトルをも読んだであろう当時の大学生たちは、現在ではおおむね75歳以上の後期高齢者となっている。冒頭の一節も、彼らにとっては青春の一コマを彩る懐かしい言葉だろう。……

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