費用対効果の低かった「行動制限」
「世代間の公平性」の問題を考える上で有益と思われる本を紹介しておきたい。ちょうどコロナ下の最初の年、2020年度にゼミ生たちとアメリカの法学者・サンスティーンの『恐怖の法則』という本を読んだ。この本はリスクに対する政策のあり方を論じたもので、ゼロリスクを志向する「予防原則」は必ず立ちゆかなくなるものなので、リスクを計算してバランスを取る「費用便益分析」の考え方を採用することの重要性を説いている。この本自体はパンデミックを主対象としたものではなく、そこで論じられるリスクは、テロ・災害・事故などと多岐にわたっているが、余りにもコロナ禍との符合が多く、学生たちから読んでいて怖くなってくるという感想もしばしば聞いたのだった。
足かけ3年の間にコロナ禍にまつわる費用便益分析(リスク評価)の手法も格段に進歩しているはずで、経済学者・原田泰による『コロナ政策の費用対効果』などにも見られる通り「ワクチンの費用対効果の高さ」と「行動制限の費用対効果の低さ」は、もはや明白であるようにも思われる。しかし、このようにして積み上げられてきたはずのリスク評価にまつわる「科学的知見」が、政策決定のための政治的判断の形成に際して適切に利用されたような形跡はなく、おそらく統治者の想いや思惑にもとづく目の子勘定のようなもので、最近のまん防延長なども決定されたのではないかという疑いを持っている。そこには恐らく「科学」はないだろう。
それはさておき、『恐怖の法則』の中では先に紹介した『パンデミックの倫理学』同様、リスクに備えた制約を課し、特に「一部のグループ(たとえば若年層だけ)」の自由に対する侵害が発生する際には、裁判所が「法律による明白な授権」を要求すべきことが強く主張されている。たとえば次の通りである。
〈市民全体ではなく、容易に識別可能な一部のグループの人びとに制限を課し、不均一な利益と負担をもたらすような自由への侵害に対しては、裁判所は厳格な審査を行うべきである。負担が選別的であり、ほとんどの人びとにとっては心配がない場合、不当な負担を負わせるリスクが劇的に増加する〉[291頁]……