──したたかな中国。
日中間のGDPが逆転した2010年ごろを境に、中国を表す言葉としてよく聞くようになった表現だ。ただ、私はこの表現にちょっと懐疑的である。
確かに、往年の中国が特に「したたか」ではなかったとは思わない。 毛沢東の晩年の西側諸国との関係改善や、 鄧小平の香港返還交渉は、いずれも「したたか」だった。だが、中国にはこうしたファインプレーに混じって、実のところ粗雑で不器用なゴリ押しも多い。この一面は近年の習近平政権でしばしば前面に出ているが、かつての鄧小平時代ですらあった。その最たるものが、1989年6月に起きた天安門事件の武力鎮圧だ。
本書は天安門事件前後の1980年代後半~90年代前半における日中関係の裏面史を、豊富な史料への渉猟と考察、存命者への取材を通じて、雄渾な筆力で描き出す。あらゆる角度からこの時代を切り取った400ページに迫る大作である。大作なるがゆえに、一言ではまとめ切れないところもあるのだが、筆者は本書を、決して「したたか」ではない中国を相手に独り相撲し、後年への禍根を残した日本外交の敗北の実相を記した一冊として読んだ。……