医療・ウェルネス

恐怖の増大――患者と病院への偏見と差別(2020年5月)

2024年5月13日

訪れた店やタクシーで移動した経路まで、マスコミがコロナ感染者を追う様子はまるで犯罪報道のようだった。社会全体が冷静さを欠いた。患者に対応する病院には冷たい視線が注がれており、当時、開院から2カ月が経った国際医療福祉大学成田病院も“コロナ病院”と呼ばれていたという。現場の雰囲気は日々悪化し、閉塞感に包まれていった。そんな中で救われたのは、やはり感謝の言葉だった。

 

敬遠される“コロナ病院”

 2020年5月のある日、国際医療福祉大学成田病院は毎日新型コロナウイルス感染症への対応が続き慌ただしい状況であった。私は朝、電車が遅れて遅刻しそうになり成田駅からタクシーに飛び乗った。運転手に「国際医療福祉大学成田病院に向かってください」と話すと、「あぁ、あのコロナの病院ですよね」と返事があった。「まだ1度も行ったことがないもので。でも場所はなんとなくわかります」と運転手は付け加えた。

 この病院の最寄りの駅は成田駅であるが、駅からバスで15分くらいかかる。自家用車で来院する場合を除けば、バスの本数も1時間に2本程度なので、タクシーの利用者は多いであろうと思い込んでいた。そのため、開院して既に2カ月は経っているのに、1度も客を病院まで運んだことがないということが意外であった。なんとなく病院そのものが避けられているなという雰囲気は感じてはいたものの、直接、地域の人と話す機会が無かったため自覚していなかった。ただし、地元の人たちはこの病院のことを“コロナ病院”と呼んで敬遠しているという話を後日、耳にした。

 その頃、当院に限らずコロナ患者に対応している病院に対しては、冷たい視線が注がれていた。「なぜ、わざわざコロナ患者に対応しなければいけないのか」「病院から感染が広がったら困る」「あの病院の近くを通ったらコロナに感染するかもしれない」といった漠然とした不安が募り、病院に近づかないようにする人も少なくなかったようである。そのため、当院では感染症以外の診療科の受診は予想よりかなり少ない状況が続いていた。また、救急車で搬送される途中で、「あのコロナ病院にだけは連れて行かないでくれ」と患者が救急隊員に訴えたということもあった。……

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