実家を片付けられない「国家公務員」
今から2年前、取材先の医師からこんな相談を受けた。
「Aさんという患者さんがいるのだけど、最近お母さんが亡くなってね、実家を片付けてくれる業者を探しているんだけど……。笹井さんなら『潜入・ゴミ屋敷』(中公新書ラクレ)を取材執筆した経験があるから、いい業者を知っているかと思って……」
Aさんは50代男性で東京都内でひとり暮らし、長年国家公務員として勤務しているという。実家は、都心から車で2時間ほどの距離にあり、数年前に父親が亡くなってからは母親がひとり暮らしをしていた。が、その母親が亡くなったため室内を片付けてほしいという相談である。
私はまずAさんの仕事が休みの日に、電話で状況を聞いた。「僕のほかに片付けられる人がいない」「とにかく早く応急処置をしてほしい」と、Aさんは繰り返す。何だか追い詰められているような様子で、とても片付けを急いでいる。
そこで私は生前・遺品整理会社「あんしんネット」に連絡をとり、一緒にAさんの実家に「片付けの見積もり」に行くことになった。同社事業部長の石見良教さんは、孤独死現場の第一人者で遺品整理人だ。
遺品整理人とは、高畑淳子主演のTBSドラマ『遺品整理人 谷崎藍子』で話題になったが、故人の物を遺族になりかわって整理する人である。石見さんは同ドラマの遺品整理業に関する監修も行っている。私は、先に述べた本を執筆する際に、石見さんはじめ同社の作業員と、数多くのゴミ部屋を一緒に片付けてきた。だが、この時点ではまさかAさんの実家がゴミ屋敷だと思わなかった。
「ちょっと物が多いのですが、どうぞ上がってください」
Aさんは私たちにそう言って、自然な口調で室内に入ることを促した。しかし、「ちょっと物が多い」レベルではない。玄関入ってすぐ、これはかなりのレベルのゴミ屋敷だと感じた。室内に足を踏み入れると、すさまじい物の量でうまく歩けない。どこかに手をつこうとすると、そこら中にある山積みの物の雪崩が起きてしまう。私はよろよろしながら前に進んだ。Aさんがそんな私を振り返った。
「母は80代でしたが、ここに一人で住んでいて、転ばずに歩いていたんですよ」と、胸を張って言う。いやそこは自慢できるところではないだろう、と内心思いつつも「すごいですね」という言葉が口をついて出た。Aさんが微笑む。外見は、全く普通の会社員に見える。Aさんを紹介した医師からも「大学卒業後から30年、国家公務員として勤務し、職場からの信頼は厚い」と聞いていた。
でも、「この家が恥ずかしい」という気持ちはないのだろうか。彼の心情がわからなかった。Aさんは、この家をゴミ屋敷と認識していないのだ。
あんしんネットの作業員が見積もりをし、2階建てのこの家の物を撤去するのに、1階だけで60万円という額が算出された。Aさんは「そんなには払えない」と言う。そこで「2トンロングトラックに処分する物がいっぱいになるまで詰める」という作業を2回、行うことになった。2トンロングトラックといえば、一般的に家族3人分程度の荷物が入る大きさである。
2日間作業を行い、処分費用は2回でおよそ30万円。それでも1階にある物の半分も処分できなかったが、一旦これで作業は終了となった。
以上、ここまでは2年前の話で、その後Aさんと連絡をとることはなかった。
些細なものも捨てられない
だが今春、再びAさんから電話連絡が入った。「実家の片付けを進めたい」というのである。あんなに急いで始めた片付けだったのに、まだ「2年前のまま」ということを聞き、驚いてしまった。