社会的地位の高い人でも家が「ゴミ屋敷」に
前回の記事では、長年国家公務員として勤務する男性の実家がゴミ屋敷であった、と述べた。彼だけではない。筆者はこれまで数多くのゴミ屋敷を取材(掃除)してきたが、大手企業社員や教師、医師など社会的地位の高い職種に就いている人の自宅がゴミであふれかえっているありさまを目にしてきた。
中でも記憶に残っているのは、誰もが知る大手企業に勤め、年収1100万円という60歳男性が自室のゴミ山から転落し、ドアに頭をぶつけて亡くなった家の片付けだ。男性は家賃18万円の2LDKマンションに一人住まいだったようだが、各室は人の身長を超えるほどの高さまで物が積み上がり、すさまじいゴミ部屋だった。その部屋で、男性は亡くなる前日までリモートで仕事をしていた。
ゴミの中には男性が着ていたらしいスーツもあった。職場の人は、ピシッとスーツに身を包む男性がまさかゴミ部屋に住んでいたとは想像していなかっただろう。ゴミ山からは「ぜんそくの薬」も見つかった。男性を診察した医師は、まさか大手企業で働く患者がゴミ部屋に住んでいたとは見抜けなかっただろう。
数々のゴミ屋敷現場を共に掃除してきた生前・遺品整理会社「あんしんネット」のアルバイト作業員は、「社会的にきちんとしている人ほど、部屋にションペットがあったりする」とつぶやく。ションペットとは、尿が入ったペットボトルのこと。重度のゴミ屋敷だとトイレが使えなくなるため、居住者はペットボトルで用を足すようになるのだ。同社アルバイト作業員はこう続ける。
「お茶の先生、学校の先生、医療関係者とか。人前できちんとしすぎているから、家の中がおかしくなっちゃうんじゃないんですか。靴箱にションペットがずらりと並んでいたこともありました」
ションペットを見つけたら、漏れないように専用ケースに収容して、会社(あんしんネット)まで持ち帰る。そして1本ずつ中身の尿をトイレに流さなければならない。この尿をトイレでひたすら流す作業については、誰もが「つらい」「気が狂う」と話す。筆者も、現場でションペットを見かけたことが何度もあるが、そのような家全体の臭いといったらもう……とても人が正常な感覚を保って暮らせる場所ではない。にもかかわらず、居住者がそこから「職場に通っていた」などと聞くと驚愕してしまう。
ゴミ屋敷の家主に多い“感情労働”
早稲田大学文学学術院の石田光規教授は「ゴミ屋敷にしてしまう人は“感情労働”が多いといわれる」と指摘する。
感情労働とは、相手(顧客や患者)の精神を特別な状態に導くため、本来の感情を抑圧して業務の遂行を求められる労働のことだ。
「業務の対象が“人”であるため、感情を自分で作り上げるのです。医療従事者や先生と呼ばれる職種が代表的で、人と接する時に一定の役割を要求されます。そちらで頑張りすぎて消耗しきってしまい、家の中まで気が回らないという側面はあると思います」
感情労働によって「人」に疲れる。一人になりたいと思う。そして家に帰った時には、物を動かす力が残らないのかもしれない。
また家がとても人が暮らせる環境でない状態の場合、その背景に病がある可能性もある。代表的なものに、家に物があふれて生活できなくなる「ためこみ症」という病がある。ここ10年で注目されてきた精神疾患で、人口の2~6%、20人に1人がためこみ傾向をもつというデータがある。
ためこみ症について調査や研究、治療を続ける九州大学病院精神科の中尾智博教授はこう話す。
「ためこみ症の症状は大きく3つ――▽物を大量に集める▽整理整頓ができない(食べても置きっぱなし)▽物への執着が強くて捨てられない、です。物に対する愛着や執着がものすごく強く、物を捨てることは『体の一部を取られるようだ』という人もいます。物を捨てることに大変な苦痛を伴い、ゴミじゃないと否定する場合もあるでしょう」
中尾教授のこの言葉で、前回の記事に記したAさんは「ためこみ症」を患っているのではないかと感じた。物を包んでいるビニール袋を私が手で破こうとした時、「自分の体が引きちぎられるよう」と表現したからだ。