共通点としてのリトル・モア孫家邦氏の存在
――『メモリィズ』はもともと短編として構想して企画だったそうですね。どのようにして今の形に出来上がっていったんでしょうか?
坂西:以前、大分で働いている大学時代の先輩から、市の予算で短編映画を撮らないかと声をかけてもらったのが始まりでした。そのときに考えた企画は今回の設定と逆で、単身赴任で東京に越してきた主人公が、九州にいる家族と互いにスマートフォンで撮った映像を送り合う、その断片的な映像だけを繋いだ映画を作ろうというものでした。その後、企画自体が白紙になってしまい、リトルモアの孫(家邦)さんに相談したところ、「その企画を一度長編として書いてこい」と言ってくれたんです。でもその次の日にあの事故があって……。
――『片思い世界』(2025)の撮影中に、撮影隊が遭った大きな自動車事故のことですね。
坂西:はい、当時(2023年6月)、僕は土井裕泰監督の『片思い世界』の現場にメイキング映像の制作スタッフとして参加していたんですが、ロケの後に僕たちスタッフが乗っていた車が追突されるという、大きな事故に遭遇したんです。土井監督や今回の撮影も手掛けてくれたカメラマンの鎌苅(洋一)さんも大怪我を負い、撮影は長い期間中断することになりました。その長い休養期間の間に孫さんの言葉を思い出し、短編のために用意していた話に肉付けをし脚本の初稿を書いていきました。
柄本:初校を読んだ孫さんの反応はどうだったんですか?
坂西:実はそんなによくなかったです(笑)。孫さんは優しいので、「これをベースに、どうしたらもっと良くなるかみんなで考えていこう」と言ってくれましたが。
企画を練っていくなかで、野焼きの場面を撮ろうという案を出してくれたのは、僕の大学時代の先生で映画編集者の鈴木歓さんでした。撮影した映像を送り合う夫婦の話、という当初の企画に、写真館という舞台や、写真で日常を記録すること、という要素が加えられていくなかで、歓さんは「これを全部燃やしてみようよ」と言ってくれた。それを聞いて、これなら映画がものすごく楽しく終われるんじゃないかとわくわくしました。それで、以前から歓さんが興味を持っていたという阿蘇と久住の野焼きを見るため、熊本と大分にロケハンに行き、今の形が出来上がっていきました。
――柄本さんは、どのような経緯で出演が決まったのでしょうか?
柄本:僕も始まりは孫さんでした。僕が初めて孫さんと会ったのは16歳か17歳頃、映画のオーディションがきっかけで、その後、孫さんがプロデュースをした、大森立嗣監督の『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』(2010)や『まほろ駅前多田便利軒』(2011)に呼んでもらったりしました。ただ、僕らは仕事仲間というより映画友達みたいなもので、孫さんが製作した映画は僕は毎回いの一番に観にいくし、「どうだった?」と聞かれれば遠慮せず率直な感想を言い合える、そういう仲です。
それで今回も声をかけてもらったわけですけど、主役だと聞いて最初は驚いたしやっぱり嬉しかった。孫さんから主役の話は来ないだろうと思ってたから。だから無条件に「やります」と答えました。
『十七歳の風景』出演を決めた父・柄本明の「鶴の一声」
――『メモリィズ』は、何か大きな物語や事件が起こるわけではありませんが、九州の雄太と誠、そして東京にいる雄太の妻と娘の日常風景を通して、無数の小さな物語が繋がっていきます。雄太が毎日犬と一緒に同じ場所を散歩し、誠とご飯を食べ、写真館の仕事を手伝う。そのくりかえしから映画ができあがっていく様がとても面白かったですが、そのぶん台詞でのやり取りは極端に少なく、風景だけが映される場面も多いですよね。柄本さんは、この脚本を初めて読んだとき、驚かれたりはしませんでしたか?
柄本:まあ歩いているばっかりの映画だなあとは思いましたが、特に驚いたりはしなかったです。僕は過去に若松孝二監督の『十七歳の風景 少年は何を見たのか』(2005)という、ひたすら自転車に乗って走っているだけの映画を経験していたので(笑)。それこそほぼ「自転車に乗っている」としか書いていない脚本でした。
実を言うと、『十七歳の風景』の仕事は一度お断りしてるんです。当時の僕は高校生で、これを引き受けたら卒業が危うかった。うちの母ちゃんは「留年は絶対に許さない」という人だったので、今回は断るしかないかと思っていたら、横から親父が「若松孝二か、ちょっと読ませてよ」と言ってきて、読み終わった途端に「学校は留年してやり直せばいいけど、こういう脚本とはなかなか出会えないぞ」と。その親父の鶴の一声で母ちゃんも渋々納得して、無事出演できました。結局留年はなんとか逃れられたんですけど。
今回の坂西監督の脚本との出会いは、そのときの感覚に近しいものがありました。僕もその後20年以上この仕事を続けてきましたが、たしかにああいう脚本とはなかなか出会えなかったし、何かわかりやすく大きな物語がないと映画って企画としては中々通りづらいんだな、と実感していった。だからこそ、『メモリィズ』のような「歩いているばっかり」の脚本と出会えたのはすごく貴重な出会いでした。最初に脚本を読んだときは、えもいわれぬ色気を感じました。