<span>「ほんまにインテル入ってるやん!」 「銀シャリ・橋本直」が振り返る「日本サッカー史」</span>
1998年6月14日、W杯フランス大会のアルゼンチン戦に出場したサッカー日本代表・中田英寿選手

ドキュメンタリー|カルチャー

Vol. 4

「ほんまにインテル入ってるやん!」 「銀シャリ・橋本直」が振り返る「日本サッカー史」

2026年6月14日

芸能界屈指のサッカー通として知られる、銀シャリ・橋本直氏が巧みなツッコミとともに振り返る「日本サッカー史」。後編では、1997年の「ジョホールバルの歓喜」以降のW杯と、「ゾーンプレス」、「トライアングル」、「アイコンタクト」、懐かしすぎるサッカー用語の思い出を――。

ラ・フランスのイントネーション

「ドーハの悲劇」から4年が経ち、次は1997年11月の「アジア第三代表決定戦」。この大会から、同点のままロスタイムが終了すると、そのまま延長戦に入りどちらかが得点した時点で試合終了となる「ゴールデンゴール方式」が適用された。なんというシステムだろう。神様は劇的な結末を作るために逆算してルール決めたんかっていうくらい、最後のひと枠を巡る展開がヒリヒリし過ぎる。まさにドラマづくりにおあつらえ向きの方式だ。ところで、ゴールデンゴールって響き、やっぱいいですね。

 試合を決めたのは岡野雅行の劇的なスライディングゴール。もうこればかりは外さないよ、外せないよというばかりのスライディングゴールでした。まさに「ジョホールバルの歓喜」です。そう言えば、『週刊ヤングジャンプ』で「野人岡野雅行物語」という連載があったなぁ。漫画にもなるくらいサッカー熱が沸騰していました。

 予選中の日本サポーターの大合唱「お〜フランス~、みんなで、行こう、フランス~」の最後のフランスの発音が力強く、「フ・ランス」となるのが、もはや「ラ・フランス」のように聞こえるという、このちょっと間が開くチャントが好きでしたね。

 日本サッカーが悲願のワールドカップ初出場を果たしたフランス大会。実家の一軒家のベランダにBS放送を契約してアンテナ付けたわ〜。その頃、学校とかの帰り道にアンテナの付いている家を見かけたら、「この家にサッカー好きなひとおるんかなぁ」とか考えていたのを覚えています。

 初戦の対アルゼンチン戦ではバティストゥータ対策で、フォーメーションを予選の4バックから3バックに変更し、不動の秋田、井原とともにここに中西永輔がおさまることに。僕は上背はなく、ストッパー「らしく」ない中西永輔が大好きです。

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