カルチャー

「アニメーション」ではなく「僕らの映画だ」――「火垂るの墓」と「となりのトトロ」は何が画期的だったのか

2026年7月26日


<span>「アニメーション」ではなく「僕らの映画だ」――「火垂るの墓」と「となりのトトロ」は何が画期的だったのか</span>
🄫野坂昭如/新潮社,1988

映画公開から38年。野坂昭如原作、高畑勲監督によるスタジオジブリ制作の「火垂るの墓」(1988年)が、7月15日から昨年に続きNetflixで配信されている。また、昨年夏にETV特集で放送された番組を基に、NHKディレクターの寺越陽子氏がさらに取材を重ねて、高畑監督がこの映画をどのように創造したかに迫ったドキュメント本『高畑勲と「火垂るの墓」 「幻の脚本」と「7冊の構想ノート」を読み解く』(新潮社)も刊行されたばかりだ。この機会に、「火垂るの墓」が作られた時代と、この作品がその後の映画に与えた影響を振り返ってみよう。(文中敬称略)

史上初めて出版社2社が製作した2本立て映画

「火垂るの墓」は、作家・野坂昭如が実体験を基に書いた小説で、兵庫県神戸市や西宮市を舞台に、14歳の清太と4歳の節子の兄妹が、第二次世界大戦の終戦前後の混乱期を、二人だけで生き抜こうとするが、それが叶わず死んでいく物語である。原作は1967年に『オール読物』に掲載。翌年の短編集『アメリカひじき・火垂るの墓』に収録されて、第58回直木賞を受賞した。

 この小説が、なぜスタジオジブリ制作の映画になったのか。かつて、作品の企画としてクレジットされている鈴木敏夫(後のスタジオジブリ・プロデューサー)に取材した際に聞いた話をご紹介する。

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