久保建英はなぜ倒れない?
今月、『日本サッカーはどこまで強くなるか 日本人の体格を武器に変える身体操作』(青春出版社)を上梓した中西氏は、元Jリーガーにして、現在はスポーツジャーナリストとしての顔を持つ。また、今大会の主軸、久保建英選手のパーソナルコーチを務めていることでも知られる。
実は僕は、20年ほど前から講演などの際に、「W杯優勝」を意識的に言葉にしてきました。「目標を掲げなければ叶わない」という思いからの行動でしたが、現在の日本代表は、夢を現実的に捉えられるところまできていると思います。
前回大会、グループリーグで、ドイツとスペインを撃破したことを覚えている人もいるでしょう。昨年は、13戦して一度も勝てなかったブラジルに、今年3月には、聖地・ウェンブリースタジアムでイングランド相手に勝利を挙げました。いずれの勝利も、以前の日本代表にとっては夢物語。森保一監督就任後、ウルグアイ、ドイツ、スペイン、ブラジル、イングランドとW杯優勝経験国を次々に破ったことは、選手たちの大きな自信になっています。
僕がパーソナルコーチを務めている久保選手ともよく話すのですが、W杯で勝ち上がった経験と、実力を備えた本物の強豪国に勝利することで得られる自信は、ピッチの上では決定的な差になります。
選手個々に目を向けると、「選手の顔と名前が一致しない」「飛び抜けたスターがいなくなったんじゃないか」という声も聞かれます。でも、それこそが進歩の証しなんです。かつては、カズ(三浦知良)さん、中田英寿さん、本田圭佑選手のように、欧州で実績を残した選手が飛び抜けた知名度を持っていました。しかし今は、代表に選ばれる選手の多くが海外クラブに所属し、トップリーグで主力を張る選手も少なくありません。
僕は以前から「100人の日本人選手が欧州クラブでレギュラーになったら、W杯優勝も夢じゃない」と言ってきましたが、今まさにその状況が近づいているんです。
久保選手が小学5年生のときから、サッカーに関わる身体操作を中心にパーソナルコーチとして共に歩んできた中西氏。一般的には不利と捉えられる日本人の体格が、サッカー先進国である欧州・南米との違いを生む武器になると語る。
現役引退後、スポーツジャーナリストとして「外から」サッカー界を見つめてきた中西氏は、日本がW杯で優勝するために必要なことを独自に研究。その中で見えてきたのは、千年以上続いてきた日本の伝統や文化こそが、日本サッカーの特徴になるという確信だった。
例えば、スペインのレアル・ソシエダでチームを牽引する久保選手の身長は、173センチ。日本人としても決して体格に恵まれているとは言えませんが、体格を理由に実力を発揮できなかったり、圧倒的に大きな身体を持つ海外の選手にプレーをさせてもらえなかったりしたことはありません。
むしろ、そのサイズゆえに「小回りが利く」という利点を生かして、大柄な選手の間をすり抜けてゴールに迫るシーンを数多く演出しています。また、久保選手は、2メートルに迫るような屈強なディフェンダーに身体をぶつけられても簡単に倒れることはありません。強い体当たりを受けても、接触の瞬間に衝撃をしなやかに受け流し、身体の軸をずらすようにして、ショックを吸収しているのです。この動きは僕が法隆寺の五重塔からヒントを得て着想した身体操作法に基づいています。
ご存じの通り、法隆寺の五重塔は、地震や台風などの自然災害が多いこの日本で、1300年ものあいだ、ずっとそこに立ち続けている世界最古の木造建築です。
その原理を調べてみると、柱は礎石の上にただ置かれているだけで、固定すらされていない。力で耐えるのではなく、力を逃がすことで耐えているんです。
五重塔は、見た目は5階建てに見えますが、実は各層がそれぞれ独立して、ただ順に積み重ねられているだけ。だから地震が来ると、一層目が右に揺れれば二層目は左へと、互い違いにくねりながら、力を全体に分散して吸収すると言われています。さらに塔の中心を貫く「心(しん)柱(ばしら)」は各層の床や柱とは直接一体化しておらず、塔本体とは逆向きに揺れて、振動を打ち消し合う。東京スカイツリーがこの仕組みを応用して「心柱制振」と名付けたことでも知られています。
固めて耐えるのではなく、揺れることで力を逃がす。久保選手が「揺れても倒れない」理由の一端は、幼少期から僕とともに、五重塔の構造を念頭に置いた身体の使い方を実践してきたからなのです。
そしてもう一つ、面白いのが五重塔の最上部に載せられた「相(そう)輪(りん)」という、金属の飾りの役割です。この相輪は、ただの装飾ではなく、重しとして、塔全体のバランスを整えているという説があるのです。
人間の身体も重い部位である頭が最上部にあります。日本のスポーツ指導ではよく、「腰を落とせ」「重心を低くしろ」と教えますが、僕は選手に重心は常に高く保つように伝えています。重心が低いと、動くたびに一度重心を上げなければならず、動き出しが遅れてしまいます。重心が高ければ、その位置エネルギーを利用してすばやく動き出すことができるのです。スペイン育ちで、欧州サッカーの申し子のように思われている久保選手が、極めて日本的な原理を体現していることはぜひみなさんに知ってもらいたい事実です。