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2026年9月20日
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向田邦子が遺した小説のなかでも、とりわけ「人間の怖さ」を感じさせる一篇が、「かわうそ」である。
1980年に刊行された『思い出トランプ』(新潮文庫)は、脚本家として活躍していた向田邦子が、小説家として注目を集めた時期に発表された短編集だ。向田邦子は収録作のうち「かわうそ」「花の名前」「犬小屋」の3編で第83回直木賞を受賞。そして、その翌年1981年8月に、取材先の台湾で飛行機事故に遭い、51歳で急逝した。
つまり『思い出トランプ』は、作家としての円熟期にあった向田邦子の生前に刊行された最後の短編集でもある。
その作品世界で繰り返し描かれるのは、夫婦や親子、きょうだいといった、誰にとっても身近な人間関係だ。大きな事件ではない、日常の何気ない会話や仕草のなかから、「愛情」、「嫉妬」、「諦め」、「後悔」といった、普段は隠されている人間の感情をすくい上げていく。
なかでも「かわうそ」は、その「人間を見る目」の鋭さが凝縮された一篇である。
長年連れ添った相手だからこそ、すべてを知っていると思ってしまう。けれど、本当は最も近しい人間でさえ、心のなかまでは知ることができない。夫婦という関係のなかに潜む、そんな不気味さと哀しさを、わずか15ページほどの短編に描き切っている。
向田邦子の死から45年。家族のかたちや夫婦のあり方が大きく変わった令和、夫婦の愛憎はいろいろな形で陰を落としている。
「自分は、いちばん身近な人のことを本当に知っているのだろうか」
という問いは古びていないことに気付かされるはずだ。むしろ、人間関係の距離感が変化し続ける現代だからこそ、その鋭さは私たちの胸に迫ってくる。
物語は、定年を間近に控えた宅次が、9歳年下の妻・厚子を「かわうそ」に似ていると思うところから始まる。愛嬌があり、憎めない。けれど、どこかずるく、何を考えているのかわからない。そんな妻と、200坪ほどの庭にマンションを建てるかどうかで意見が食い違っていた矢先、宅次は脳卒中で倒れてしまう。
妻に身を委ねざるを得なくなった男の胸に、やがて浮かび上がってくる、忘れたはずの記憶。夫婦という最も近しい関係のなかに潜む、愛情と憎しみ、許し、そして殺意――。
「かわうそ」は、何気ない日常の風景から、人間の心の奥にひそむ「怖さ」を鮮やかに描き出した、向田邦子の代表的な短編小説である。
※以下は『思い出トランプ』(新潮文庫)に収録された短編小説「かわうそ」です。
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