政治

力で支えられぬ理想は幻影――高坂正堯『国際政治 恐怖と希望』

2022年5月8日


<span>力で支えられぬ理想は幻影――高坂正堯『国際政治 恐怖と希望』</span>

現実主義から権力政治を分析した高坂正堯は、吉田茂の軽武装・経済中心主義を高く評価すると同時に、「価値の体系」をないがしろにしなかったかとも問い返した。ロシアによるむき出しの暴力と恐怖に触れた日本社会に夢想的な中立論と現実追認主義が交錯する中、成熟した相対的思考に裏打ちされた「高坂国際政治学」は、今日でも色あせていない。

 ロシアによるウクライナ侵略は、これまで積み上げてきた国際社会に生きる国家としての矜持を木端微塵に打ち砕いた。自国のことは自国民が決めるという「自立権」、侵略戦争は認められないというガラス細工のような原理は、むき出しの暴力の行使をいささかも厭わないという大国の権力意志の前に、不意打ちを食らったようにたじろがざるを得なかったのである。

 今回のウクライナ侵略は、「プーチンによる、プーチンのための、プーチンの戦争」と言われる。本質を衝いた指摘だが、その背後には、失われた「ロシア帝国」の復活というロシア人の願望が見逃せないし、その手法は、ロシアの伝統的な「欺瞞作戦(マスキロフカ)」を踏襲している。この手法については、最近出版された米ABCニュース元記者カティ・マートンの『メルケル 世界一の宰相』(文藝春秋)に詳しいが、それは20世紀前半にロシア軍が生み出した手法で、簡単に言えば「だまし・否定・偽情報」の三語に要約できるというのである。

 そう言われれば、侵略の口実に使われたウクライナ国内でロシア人がジェノサイド(集団殺害)に遭っているという偽情報も含めて、この伝統的手法を忠実に再現している。ここは国際社会の「掟破り」に対し、経済制裁を含めたあらゆる手段を使って、非人道的無法が通らないことを各国が協力して見せつけるしかないだろう。

著者が存命ならロシアのウクライナ侵攻をどう見ただろうか

 歴史的な出来事が起きたときに、決まって思うことは、もしこの人がいたら何と説明してくれるだろうかということである。ウクライナ侵略が伝えられた時に真っ先に思い浮かんだのは26年前に亡くなった国際政治学者、高坂正堯さんだった。高坂さんの『国際政治 恐怖と希望』(中公新書)は1966年の出版だが、まったく色あせていない。次のような「高坂テーゼ」はさまざまな国際紛争に応用可能だろう。……

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