人から不意に、子どもを産まなければよかった、母にならない方がよかったという、いっときの愚痴ではない本心を聞いてしまったらどうだろうか。その人が自分の家族でなくても、ドキッとして、胸がざわつくのではないだろうか。逆に、苦労はあったけれど、子どもがいたから頑張れた、成長することができた、という話は耳に心地よい。そうであってほしいという願望がどこかにあるからだろう。そう信じなければ、家族や親子関係の根幹が脅かされるという無意識の恐れもあるだろう。
このように人の不安を駆り立てるから、母になったことを後悔している人はふだん、それを親しい人にも話さず、周囲の人はそのような話を聞くこと、理解しようとすることから逃げていると著者はいう。SNSなどにその気持ちを書き込めば、途端に誹謗中傷を受ける。それをよいことに、社会は、母に関する「神話」をますます強固にして、女性たちが自ら進んで母になるよう仕向けているのだという。産む前は子どもに関心がなくても、また子育てでどんなに苦労をしても、最終的にはほとんどの女性が子どもを愛し、母になることで満たされ、人間的成長に至る……という神話である。
イスラエルの社会学者で、活動家でもある著者は、母になったことを後悔する女性が異常な少数例ではないと示すことで、女性にそなわるとされる「母性」が単なる神話であることを暴き、女性たちを画一的な母へと誘導する、社会の「見えない規範」を明るみに出そうとする。
本書は、「今の知識と経験を踏まえて、過去に戻ることができるとしたら、それでも母になりますか?」という質問にノーと答えた女性、あるいは母であることに何らかの利点はあるかという問いに、まったくないと答えるか、利点はあっても欠点がそれを上回っていると答えた26~73歳の女性、23人へのインタビューがもとになっている。女性たちの子どもの年齢は、乳幼児から40代までと幅広く、孫がいる女性もいる。またイスラエルの出生率の高さを反映して、子どもが3、4人いる女性も少なくない。……