「他人から否定されないための努力」
アダム・スミスの代表作として『国富論』をイメージされる方が多いかもしれませんが、実はそれは彼の初の著作『道徳感情論』の構想の一部を詳しく述べたものです。アダム・スミスの思想の全体観を知るためには、『国富論』よりむしろ『道徳感情論』を読むべきだといえるでしょう。産業革命真っ只中の時代、経済発展により恩恵を得たのは一部の層だけで、多くの労働者が貧困にあえぐなか、「人間が心豊かに生きていくにはどうすればよいか」をテーマに書かれたのが、この『道徳感情論』です。以下、そのエッセンスを述べていきましょう。
まず、アダム・スミスは『道徳感情論』の中で、人間は利己的であると同時に他人の喜びや悲しみに寄り添う「共感力」を備えた存在だ、と述べています。自分の利益を追求しながらも他人に共感し、でもやはり完全には他人の気持ちを理解できないし寄り添いきれない、そんなジレンマを抱えながら常に「他人から賞賛をされるための努力」と「他人から否定されないための努力」をし続ける。それが人間である、と。
ここで特に注目しておきたいのが後者の「他人から否定されないための努力」です。SNS全盛の今、私のように世に顔と名前を出して発信している職業の人はもちろん、そうでない一般の人も下手なことをしたり言ったりすると他人からすぐに叩かれる世の中となっているからです。
他人から批判されたり、否定されたりするのを避けるために人はどうするかと言えば、自分の中に何かしらの基準を設け、それを常に守って行動します。例えば、私はテレビやラジオに出演する際、後で発言を検証されても困らないように「データに基づいた発言をする」ことを自分のルールとして定めています。あるいは、急いでビルの最上階まで行かねばならないのに、1階のエレベーターの前に長い行列ができていたとしましょう。行列を無視して横入りしたら早く上階に行けるわけですが、多くの人はそんなことはしません。なぜかといえば、横入りした時に周りから非難の目を向けられたくない、怒られたくない、批判されたくないという気持ちがあるからです。自分の中にあるこうした基準や気持ち、これこそアダム・スミスの言う「道徳感情」です。……