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第2回 コンプライアンス過剰時代にこそ知っておくべきJ.S.ミル『自由論』

2026年6月9日


<span>第2回 コンプライアンス過剰時代にこそ知っておくべきJ.S.ミル『自由論』</span>
J.S.ミル(写真はWikimedia commonsから)

 政治的正しさやコンプライアンス意識の浸透は息苦しさ、不自由とトレードオフの関係にあるのだろうか。『自由論』で知られる19世紀イギリスの思想家、ジョン・スチュアート・ミルが同書の中で述べていることはそのまま現代社会にもあてはまるようだ。なぜ大衆は出る杭はおろか、まだ出ていない杭までも叩くようになったのか。常に誰かが誰かを批判し、炎上させる状況からの脱出法はどこにあるのか。
 物江潤氏が読み解く。連載・禁じられた教養第2回。

はみ出し者は不要か

 逸脱者を取り締まれば、社会はよくなるはずだ。が、実はそうとも限らない。それどころか、時には積極的に保護しなくてはならない。

「人間が型破りの異例的言動をすることが望ましくなる」「異例たる個人が大衆と異なる行動をすることは、阻止されるどころか、かえって奨励されなければならぬのである」――。ジョン・スチュアート・ミルの『自由論』を紐解くと、なんとも不穏当な言葉が飛び込んでくる。逸脱者を取り締まるどころか、保護せよとでも言わんばかりの表現だ。これでは迷惑系ユーチューバーの行動でさえも奨励されそうだが、もちろんそんなことをミルは主張しているのではない。後述するように、こうした言葉は確かな問題意識から発せられており、ただ無法者を是とするものではない。

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