カルチャー

【特別企画】視覚の差別主義にどう対抗するか|ジョージ・フロイド殺害映像とアメリカの映像文化|第1回

2021年7月18日

2020年5月25日、米ミネソタ州ミネアポリス近郊で黒人男性ジョージ・フロイド氏(46=当時)が白人警官に殺害された。悲劇から1年以上が経った今年6月、事件をスマートフォンで撮影していた少女に「ピューリッツァ賞」の特別賞が贈られ、白人警官には禁錮22年6ヶ月の有罪判決が下った。全世界的に「ブラック・ライヴズ・マター」運動を燃え上がらせたスマートフォンの映像を軸に、華やかなアメリカ映像文化の“陰画”としての黒人差別問題を考察する。(全4回)

 

1.「世界中が見ているぞ」——暴力の可視化

 新しく就任した司法長官から直々に呼び出された2人の連邦検察官が国家の「安全保障」のために裁判で戦うよう命じられる。長官の描いた「共謀罪」での告訴が無理筋であることを直接進言しながらも首席検事を務めることを渋々引き受けた若く有能な検察官は、長官室を退出後、こうつぶやく。「被告たちがまさに欲しがっている舞台と観客を与えることになる」と。ことの重大さをとらえきれていない同席した年長の検察官は「本気で大勢の観客が詰め掛けるとでも?」と応答することになるが、その言葉を即座に否定するように画面外から「世界中が見ているぞ!(The whole world is watching!)」という声が聞こえてくる。

 声が大きくなるとともに画面が切り替わると、それが裁判所に詰め掛けた市民によるシュプレヒコールであることが明らかになる。1968年にシカゴで開かれた民主党全国大会の際の「暴動」の扇動を共謀したとして、ヴェトナム反戦活動家7人が裁かれたアメリカ司法史上もっとも「恥ずべき」裁判のひとつを描いた、法廷映画『シカゴ7裁判』(The Trial of the Chicago 7, 2020年) の冒頭近くの場面である。市民の唱和に迎えられるように「シカゴ7」のうちの2人、アビー・ホフマン(サシャ・バロン・コーエン)とジェリー・ルービン(ジェレミー・ストロング)が登場し法廷での闘いがはじまる——。受賞こそ逃したものの、アカデミー賞オリジナル脚本賞(監督でもあるアーロン・ソーキンによる)にノミネートされたこの作品を、新型コロナウイルスの感染拡大により結果的にネットフリックスが「配給」を引き受けたことで、いま文字通り「世界中が見ている」ことだろう。

 司法を介した国家による市民への暴力を描く『シカゴ7裁判』において、この裁判所前でのシュプレヒコールは、作劇上きわめて適切ではあるのだが、「世界中が見ているぞ!」というフレーズは、まず初めに「シカゴ7」のうちの1人、非暴力市民活動家のデイヴィッド・デリンジャー(ジョン・キャロル・リンチ)によってグラント公園での集会の演説で用いられ、次いでその後の民主党全国大会が開かれるアンフィシアターへのデモ行進の際に市民が唱和したものだったという。デリンジャーは回想録にこう記している。……

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