元欧州復興開発銀行のチーフエコノミストで、現在はパリ政治学院で経済学教授を務めるセルゲイ・グリエフ氏と、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の政治学教授のダニエル・トリーズマン氏による本書『Spin Dictators』によれば、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の支持率は実に過去20年にわたって60%を下回った事がないという 。ウクライナへの武力侵攻を決断した独裁的な暴挙を見ると、なぜ彼がそれだけの支持を集めるのか疑問に思うかもしれない。しかし、武力侵攻開始後も、若干の変動はありながらも彼の支持率は非常に高い水準を維持している。
では、この支持率は国民の意見が一方的に抑圧された結果の強制的なものなのだろうか。本心では不支持でありながら、ロシア国民は仕方なく支持を表明しているのだろうか。本書はそうではないと分析する。単純に言って、プーチン大統領はいまも、多数のロシア国民から好かれているのだ。
20世紀における独裁体制とは、恐怖による支配だった。ヒトラーやスターリンや毛沢東など多くの独裁者が、言論を抑圧して国内のコミュニケーションを監視し、暴力とイデオロギーによる統制を行なった。北朝鮮の金正恩やシリアのアサド政権はこうした旧来型の恐怖政治を現在も行なっている例である。
しかし、20世紀の終わり頃から出現した独裁国家は、それとは似て非なるものだというのが本書の著者たちの見立てである。ロシアのプーチン大統領を始めとして、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領、ベネズエラの故ウゴ・チャベス前大統領等は、市民をあからさまな恐怖ではなく、より巧妙に情報を操作することで支配していく。選挙や民間メディアの存在など、民主主義の体裁を表面的には維持しながら、国民の「世界認識」そのものを作り変えているというのだ。本書は、こうした新たな独裁者たちを「スピン・ディクテーター」と名付ける。情報を操作(=スピン)して世論を誘導する専門家を「スピン・ドクター」と呼ぶが、21世紀の独裁者(ディクテーター)たちは、民主主義のパントマイムを演じながら、情報をスピンしているのだ。……