私にとって政治家評論の傑作と思っている書が2冊ある。元東大教授の岡義武『近代日本の政治家』(岩波文庫)と元NHK会長阿部眞之助の『戦後政治家論』(文春学藝ライブラリー)である。前者は伊藤博文、大隈重信、原敬、犬養毅、西園寺公望の5人の政治家の魅力と限界を時代的背景も踏まえながら描き切っている。後者は、吉田茂をはじめ15人の戦後政治家の本質を容赦なきまであぶり出している。文庫本の解説で私は「阿部検察官の容赦なき論告求刑」との見出しをつけたぐらいだ。読み出したらやめられない、花も実もある人物論なのである。
今回は岡義武本を取り上げよう。岡さんが描く近代日本の政治家は、過酷な運命に耐えながら日本の独立と近代化に人生を捧げた人たちである。大久保利通亡きあと明治国家を率いた伊藤博文の念頭には常に国家があった。政界の寝業師といわれた岡崎邦輔がある日、伊藤を訪ねて、短い間によくも数々の業績を挙げられましたねと言ったところ、伊藤はこう答えた。他の者たちは皆一家の計を考える。役所にいるときは国のことを考えるが、帰宅すれば半分は自家のことを考える。しかし、自分は違う。
「俺は芸妓と遊んで居る時でも、酒を飲んで居る時でも、人と冗談を言ふて居る時でも、俺の頭からは始終国家と云ふ二字が離れた事は無い。……どんな場合でも俺は子孫の為に物事を考へた事はない。一家の計を考へた事は無い。考へて居るのは、何時でも如何なる場合でも国家の事ばかりだ。少しも不思議はない」……