7月12日、安倍晋三元首相の葬儀終了後、東京・芝の増上寺から遺体を乗せた霊柩車が出てくると、現地に詰めかけた人びとはスマホをかかげて写真を撮った。その光景がニュースで流れると、SNSでは批判の声が上がった。不謹慎だ、と。たしかに沿道を埋め尽くした群衆が一斉にスマホを持った腕を伸ばす光景は異様と言っていいものだった。
眉をひそめる人びとの気持ちも分かる。だが、一方で別に良いではないか、とも思う。ぼくはこの出来事を、イデオロギーや作法の問題としてではなく、「写真」の問題として考えたい。以前なら、霊柩車に向けてカメラを向けることは「不敬」「失礼」あるいは「不吉」だと言って間違いなかった。しかし今はそう簡単に断じることができない。スマホとSNSによって「写真」の意義が一変したからだ。人びとが変わったのではなく、写真が変わったのだ。
スマホ+SNSによる写真の革命
いまやあらゆる人びとがスマホというカメラを所有している。しかも常に持ち歩いている。写真がフィルムからデジタルになったとき「これは革命だ」と思ったが、実際の革命はスマホとSNSの登場によって起こった。
かつての写真は、カメラ本体とレンズそのほか備品がたいへん高価で、操作も難しかった。ランニングコストもバカにならず、フィルムにも現像にもプリントにもその都度お金がかかる。そのあげく、ちゃんと撮れたかどうか、現像するまでは分からない。高コストなのに失敗が多いという代物だった。……