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Vol. 2

医師不足を加速させる「直美」「直在」「直マン」の悪夢

2026年5月14日


<span>医師不足を加速させる「直美」「直在」「直マン」の悪夢</span>
日本医師会の現会長・松本吉郎氏

「日本医師会」が権力闘争に明け暮れる一方、我が国の医療現場は抜き差しならない状況に陥っている。外科医などの過酷な労働環境や低報酬が放置されてきた結果、若き医師は美容外科の狭き門に殺到し、あぶれた者が在宅医療に行きつくという、悪夢のような現状。

医師不足で手術ができない

 自分たちの財布に直結する「診療報酬改定」に血道をあげる日本医師会。昨年末、念願叶って大幅引き上げが決定した直後には、東京都医師会の尾﨑治夫会長(74)らが浅草の一流料亭で芸者をあげて「どんちゃん騒ぎ」をしていたことは前回の記事でお伝えした通りだ。

 記事では、尾﨑会長が「虎々(とらとら)」というお座敷遊びに興じる様子がおさめられた様子もご紹介した。いかにも楽しげなその様子からは、日本の医療現場が深刻な状況に陥っていることへの悲愴感や危機感は微塵も感じられないのだった。

「医療崩壊はもうすでに起こっている、と言ってもいい状況です。特に外科医不足は深刻です」

 そう語るのは東京・大田区にある「京浜病院」院長で、『2030‒2040年 医療の真実 下町病院長だから見える医療の末路』(中公新書ラクレ)の著者、熊谷賴佳氏である。

「地方ではすでに外科を閉鎖する病院も出てきていますが、病院が多い東京23区内でも、緊急の外科手術が出来る病院が減ってきています。2023年11月には当院でも、簡単な外科手術をしてくれる病院がなかなか見つからない事態になったことがありました」

 京浜病院は、長期的な療養が必要な患者のための慢性期医療や認知症ケアを特色とする病院である。

「その60代の患者さんは胆嚢の摘出をすぐにしなければいけない状況でしたが、同じエリアの病院には全て断られ、違う地域の病院に頼みました。受け持ちの内科の先生が2時間くらい電話をかけ続けてようやく対応してくれる病院を見つけられたのです」(同)

 胆嚢摘出術は、外科医になって2年目や3年目の“初心者”でも出来るような手術だという。

「つまり、外科医ならほぼ誰でも出来るレベルの手術だったわけです。それすらなかなか見つからない状態になってきた。少し前だったら考えられないような状況です」(同)

 医療の最前線で起こっている深刻な事態を示すエピソードは他にもある。

「数年前には都内の大学病院で麻酔科医がいなくなってしまい、何カ月間も手術が全く出来なくなったことがありました。この病院では元々医師不足で医師の過重労働が続き、麻酔科医を束ねていた教授が“こんな状態ではやっていられない”と辞めてしまい、空中分解したそうです」(同)

 医師不足は個々の病院で局所的に起こっているだけではなく、連鎖している。

「2年ほど前、当院の患者さんに人工透析のトラブルがあり、都内の公的病院に聞いたら、“しばらくウチは無理なので他を探してください”と言われました」

 と、熊谷氏は振り返る。

「その公的病院の腎臓内科にはとある大学病院から医師が派遣されていました。しかしその大学病院が医師不足になって公的病院の腎臓内科から医師を引き揚げてしまったのです。それで急遽医師を募集したものの非常勤1名しか雇えず、通院していた透析患者さんも全員他の病院に移ってもらうしかなかったそうです」

湘南美容クリニックの競争倍率が跳ね上がっている
 

 医師の中でも特に外科医不足が深刻になっている要因の一つは、その激務だ。

「修業期間が10年ほどと長い上に、10時間立ちっぱなしで食事もろくにとれずに手術しなければならなかったり、患者さんやご家族への説明、術後のケアなど業務量が多く、どうしても長時間勤務になりがちで体力的に辛い」(前出・熊谷氏)

 それに見合う収入が保証されているなら救いがあるが、さる開業医によれば、

「知り合いが大病院の消化器外科部長をしており、年収は1000万円前後。私の8分の1くらいです。私は月に24日働いていますが、知り合いの月収は私の3日分なのです」

 千葉県にある「名戸ヶ谷病院」整形外科の川口浩医師はこんな話を明かす。

「かつてヒラリー・クリントン氏が米国の医療制度改革のための視察で来日した際、勤務医が低報酬で重労働を黙々とこなしている姿を見て『聖職者さながらの自己犠牲。クレイジーだ』と評しました。それで、米国の医師にはそんな働き方は無理だと判断して、日本と同様の保険制度の導入を諦めた。日本の今の医療体制を支えているのは、低報酬で過重労働をしている病院の勤務医なのです」

 そして、そうした勤務医の過酷な労働環境や収入状況を放置してきた元凶こそ、日本医師会なのである。

 先の熊谷氏が言う。

「国民皆保険制度が始まって以来、日本医師会は国民の健康や公衆衛生を話し合うよりも、開業医の収入に直結する診療報酬点数のことばかりを議論するようになりました。日本の病院は8割が民間病院ですが、国民の命に直結する急性期病院や地域医療を担う地域の中核病院といった、日本の医療政策全般を見渡す視線が欠如したまま現在まで来てしまったのです」

 その間に医学を学ぶ若い世代を取り巻く環境も変化し、

「最近では、外科医、救急医といった超過勤務が多く体力的に辛い診療科だけではなく、そもそも診察をする医師になること自体を選ばない医師免許取得者も増えています」

 と、熊谷氏は続ける。

「医師免許取得後、2年の研修医の期間を終えて、直接美容外科に行くことを“直美”、産業医になることを“直産”と言い、さらには戦略コンサルのマッキンゼーに就職する“直マン”という言葉まであります。東大医学部を出てもIT業界に行って医療機器を作るなど、時代の先を見越した上で“白衣を着ない”と公言する医師免許取得者も増えているのです」

“直美”が人気になった背景について、先の開業医は、

「しわ取りの注射をしているだけで年収が4000万円ももらえるのですから、しんどい思いをして保険診療の勤務医や開業医をやるよりいい、と考える若者が増えるのは当然です」

 さらに驚くべきことに、

「最近は人気が出すぎて、美容外科に行きたくても簡単には採用試験に受からなくなっています。大学病院の形成外科で勤務医をしている知り合いが、“湘南落ち”が入ってきた、と言っていました。“湘南落ち”というのは湘南美容クリニックを落ちた人の呼称だそうです。その人が受けた時の倍率は2倍程度で、今はさらにはね上がっているらしいです」(同)

 楽して稼ぎたいが、美容外科は落ちた。そんな医師のための“受け皿”もある。

「研修医を終えた後、直接、在宅医療の担当医になる“直在”です」

 と、この開業医は明かす。

「多いのは企業や社会福祉法人がやっている在宅医療です。病院や医局に入って臨床経験を積むことをしていない、点滴もろくに出来ないような医師をそうした組織が雇い、“先生は行って血圧を測るだけでいいですから。点滴とかあとは全部訪問看護師がやりますから”と言って、1日何軒か回らせるわけです」

 あたかも水が低きに流れるがごとく、“直在”を志す若き医師たち。実はその背景には国の医療政策が関わっている。

「国は病院での医療費を圧縮するために在宅医療の保険点数を高くしているのです。ろくに診療も治療も出来ないような医師に1日に何軒も回らせるのは、訪問診療料という保険点数を稼ぐためです」(同)

日本医師会の礎を築いた武見太郎氏の「予言」

 都内でクリニックを開業している内科医はこう話す。

「近年、新規に在宅医療を始めた医師の多くは診療所を持たず、在宅だけをやっています。診療所を持って外来をやっても赤字になるので、在宅だけをやったほうが儲かるのです。往診車1台と、停めるスペースがあれば開業出来るのでコストもあまりかかりません。そういう医師が“在宅専門”を掲げているわけで、患者さんから見れば、在宅にものすごく特化しているのかと思うことでしょう」

 ところが実態は全く違い、

「褥瘡(床ずれ)の措置、胃ろうや気管チューブの交換もやったことがないなど、在宅で基本となる医療措置がそもそも出来ない医師が在宅医をやっていることが多い。儲かるという理由だけで参入しているのでそういうひどい状況になるのです。そんな役に立たない医師より、看護師さんのほうがよほど患者さんのことを分かっています。が、看護師が自身の判断で医療措置をするのには極端な制約があります」

 特定行為研修を修了した看護師や、診療が可能な看護師であるNP(ナース・プラクティショナー)であれば、在宅で必要な医療措置はほとんど出来るという。

「しかし、看護師だけで医療を進めることに対して、医師会は大反対します。医師による実質的な医療の独占体制が崩れるからです。医師会が反対するため、全体の制度を作ることが難しい。実現するには、事例を先に作って波及させていくしかないでしょう。重要なのは医師のいない地域で始めることです。医師会が反対したら、“だったら医師を派遣してくれ”と言えば良いのです」(同)

 医師会に気を遣うあまり、抜本的な改革に踏み切れない国が何をやってきたのかと言えば、診療報酬を場当たり的にいじるのみ。

「元々国は高齢者の入院にかかる医療費を削減するため、介護施設や介護老人福祉施設での医師の訪問診療に高い保険点数をつけ、施設での看取りを増やそうとしました」

 と、この内科医は話す。

「すると、例えば高齢者90人が入居している施設で、医師が“お変わりないですね”と皆に挨拶するだけで診察したことにして、一人数万円×90人分を稼ぐ、という詐欺に近いことをする医師が出てきたのです。このようなめちゃくちゃな状況が生じたので、今度は施設への訪問診療の保険点数を下げて、在宅医療に高い点数をつけたわけですが、荒稼ぎしようとする医師は常に一定数いるのです」

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