過去の是枝作品との共通点
「もう20年近く通っているレストランもあり、店内に入ると『やぁ、コレエダさん』と声をかけてくれ、僕の好きなものをわかってくれている。そういう店も増えてきて、“ホーム感”はありますね」
カンヌに滞在中の是枝裕和監督は、リラックスした表情でそう話す。2026年、第79回カンヌ国際映画祭で最新作『箱の中の羊』がコンペティション部門に選出されたが、是枝監督にとって、じつにこれが8度目のコンペ選出。「(作品にとって)コンペは1回限りなので、毎回、緊張します」と打ち明けつつ、過去7回のうち、『誰も知らない』で柳楽優弥の男優賞、『そして父になる』で審査員賞、『万引き家族』でパルム・ドール(最高賞)、『ベイビー・ブローカー』でエキュメニカル審査員賞、ソン・ガンホの最優秀男優賞、『怪物』で「クィア・パルム賞」と坂本裕二の脚本賞と、5回は何らかの賞に輝くというハイアベレージ。カンヌに“愛される”喜びを、心から享受しているようでもある。
残念ながら今回の『箱の中の羊』は無冠に終わったが、是枝作品を観続けてきた人にとって、その内容は心に深く沁み渡るものである。7歳の息子を亡くした夫婦が、その子と同じ姿をした「ヒューマノイド」を迎え入れる物語。子役の演技の重要度や、家族の複雑な関係性、あるいは生と死といったテーマは過去の是枝作品の芯を形成してきたし、“非人間”への愛情は『空気人形』も連想させたりと、監督らしさが充満する。
「作っている最中に意識したわけじゃないですけど、完成作を観たら、確かに自分らしい要素がいっぱい入っていると感じました。最初のプロットでは、ヒューマノイドの子供と一緒に生活し続ける物語になっていましたが、そうすると家の中だけで物語が“閉じて”しまうので、その先の“親離れ”まで発展させることで、新しい家族のドラマになったと思っています。作品のテーマは、2年くらい前に読んだ中国で“死者を甦らせるビジネスが人気”という記事がヒントになりました。ちょうど日本で美空ひばりさんをAIで復活させる話題などもあった頃で関心を持ち、上海で実際にそのビジネスをやっている方に話をうかがったところ、その技術に驚かされたんです。僕自身、父親が突然亡くなった時、もう少し交わしたい言葉があったと後悔が残っていたので、このサービスを利用する人の気持ちがわかりましたし、そこで心が揺らぐ感覚を映画にしたいと思いました」
日本映画が世界で注目する“いい流れ”を継続させるために必要なこと
カンヌでお披露目されることは、作品がどう受け止められるか、さまざまな視点を得られるというメリットがある。特に今回は、ヒューマノイド、AIといった多くの人が高い関心を持つ題材が使われており、是枝監督も、その点を実感したという。
「この作品では、ヒューマノイドと人間の交流について、ディストピア的に描いていません。そのせいか取材で会うジャーナリストたちがまず表明するのが、『自分たちの認識とは違うけれど』という戸惑いでした。国際的にはヒューマノイドを“脅威”や“不安”といった文脈で捉える認識が強いためで、そうした反応は新鮮でしたね。自分の認識を更新できることも、海外の映画祭上映の醍醐味でしょう。『そして父になる』では“血縁重視”の日本の家族観の描き方が驚かれました。子供の取り違いが起こった場合、日本では100%近く、血縁を優先する。その違いはどこからくるのか。日本人はなぜそうなのか。そんなことを考えるきっかけも生まれました」
今年のカンヌでは、『箱の中の羊』のほかにも、濱口竜介監督の『急に具合が悪くなる』、深田晃司監督の『ナギダイアリー』と、日本映画が3本もコンペに入り、これは25年ぶりの快挙である。また『急に具合が悪くなる』では、岡本多緒氏が日本人としてカンヌ史上初となる最優秀女優賞を受賞した。
25年前には、今村昌平監督の『赤い橋の下のぬるい水』、青山真治監督の『月の砂漠』とともに、是枝監督が『DISTANCE/ディスタンス』で初のコンペ入りを果たしている。25年の月日を経て、再び日本映画が世界で大きな注目を浴びているようにも見える。
「明らかに10年前と比べると、若い世代の監督がカンヌなどの映画祭に招かれ、注目されるようになっています。こちらでは何かと、『今は韓国がブーム』、『東アジアが来てる』みたいな流行が語られがちな部分があります。その影響もあってか、日本映画は2000年代以降、カンヌに呼ばれる監督が固定化される傾向がありました。そうした状況もあったので、新しい才能がたくさん出てきたという印象が強くなるのでしょう。20代、30代の若い監督が、うまくこの流れに乗って、海外で評価される現状は喜ばしいことですが、ここで『日本映画、すごい』と騒いでいるだけでは、10年後にとんでもないことになる。このいい流れを継続していくうえで僕が勧めたいのは、もっと若いプロデューサーがここ(カンヌ)に来て、英語でプレゼンをすること。そうした人材が多く育てば、10年後も日本映画の存在価値を高めていける。そのサポートこそが、いま必要なんです」
日本映画は“クールジャパン”のようになってはいけない
カンヌでの経験に加え、『真実』ではフランス、『ベイビー・ブローカー』では韓国と、海外での映画製作にも関わってきた是枝監督なので、このように日本における映画製作の問題点を発言する機会も多い。先日も、日本映画が年間700本も作られ、依然としてブラックな労働環境で作られる作品がある現状について、是枝監督が問題提起する記事が話題となった。(註・2026年5月2日の日経新聞【邦画成長へ作り手潤せ 監督の自己満足だけでは限界、是枝裕和氏】)