カルチャー

伝統と革新を「和える」京菓子の挑戦

2025年6月12日


<span>伝統と革新を「和える」京菓子の挑戦</span>
琥珀羹の中に金魚が泳ぐ、涼しげな夏の和菓子〈夏まつり〉(以下、写真はすべて亀屋良長提供)

Culpedia代表・徳永勇樹氏が、創業100年を超える老舗企業の経営者らに、幾度もの危機を乗り越えた秘訣を聞く。創業220年の京都の和菓子屋「亀屋良長」は、伝統と信用に基づくブランド力にあぐらをかかず、新商品の開発や社内改革に積極的に取り組む。老舗ならではの葛藤もあれば、規模拡大のジレンマや若手社員の離職など、普遍的な経営課題にも直面してきた。

 

吉村良和(よしむらよしかず)
京菓子司〈亀屋良長〉八代目。1973年京都生まれ。大学卒業後、家業に入る。脳腫瘍を克服した経験を契機に、伝統製法を守りつつ異業種コラボや健康志向菓子、SNS発信など新領域を開拓。京都菓子文化の伝承と革新の両立をめざす。

明治維新と世界大戦を乗り越え220年

徳永 和菓子の歴史を簡単に教えて下さい。

吉村 古代の菓子は、果物や干し柿、木の実などを総称して「くだもの」と呼んでいました。奈良・平安時代に油で揚げた「唐菓子」が中国から伝来し、鎌倉時代には禅宗とともに喫茶と点心(羊羹や饅頭等)が伝来します。日本人は仏教の影響で獣肉を避けたため、元々は羊のスープだった羊羹が日本では小豆や寒天を用いて練り蒸す菓子に、饅頭は肉の代わりに野菜や小豆を詰める形に変化しました。

 外来のものを取り入れつつ、日本流にアレンジする柔軟性は古くからありました。安土桃山時代になると、ポルトガルやスペインから「南蛮菓子」が伝わります。カステラや金平糖、鶏卵素麺、ボーロなど、今でも親しまれている菓子です。……

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