<span>「ドーパミン駆動型社会」がもたらす民意なき政治の荒涼</span>
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特集|テクノロジー

Vol. 1

「ドーパミン駆動型社会」がもたらす民意なき政治の荒涼

2026年5月26日

私たちひとりひとりに託された「1票」は本当に自身の意思によるものなのか。意思だと思い込んでいるものが実は「感情」にしかすぎず、かつ、その感情を作り出しているのがドーパミン中毒が駆動するアテンション・エコノミーと監視資本主義だとしたら――。

高市政権を誕生させたのは誰か

 昨秋の自民党総裁選(9月22日告示、10月4日開票)の期間中、高市早苗陣営がライバル候補を中傷する動画を大量に拡散していた。この事実をすっぱ抜いた『週刊文春』(5/7・5/14号)の記事によれば、ネット上で現在、真偽不明なデマや中傷も含む過激な言葉で再生数を伸ばす収益目的の「政治系アカウント」が急増しているという。

 高市陣営の「動画作戦」では、AIやネット戦略の知見がふんだんに活かされていた。AIによってショート動画を大量に制作。投稿先はTikTok、Instagram、X、YouTubeで、投稿数は一日およそ100本から200本。「選挙の流れを決めるのは質より数であり、対立候補へのネガティブな内容のほうが、苦戦からの逆転のために、より効率的だ」「当時TikTokなどで“小泉進次郎”と検索すると、表示される結果の半分くらいが自分たちの作った動画だった、という印象」と、SNSでの動画キャンペーンに関与した人物は『週刊文春』の記者に語っている。

 当初、総裁選レースにおいてリードしていたのは小泉進次郎陣営だったが、下馬評を覆し、高市早苗が第一回投票でトップの183票を獲得。決選投票の結果、高市は第104代内閣総理大臣の座に就き、憲政史上初の女性首相が誕生したのだった。

 だが、高市陣営の「動画作戦」は、総裁選だけで終わらなかった。今年2月の衆院選においても、高市陣営は同様の行為に及んだ。今回のターゲットとなったのは、野党である中道改革連合の大物議員たち。彼らに対するネガティブ・キャンペーンが、今度もネット上で大々的に展開された。彼ら「実行部隊」は、写真とAI生成のイメージ図やナレーションを組み合わせた、ほぼ自動で作られた野党批判動画を、様々なアカウントを使って投稿。選挙結果は中道改革連合の大敗北に終わった。その一方で、自民党は過去最高の議席数を得て圧勝した。

 『週刊文春』は、当該記事の終わりに鳥海不二夫(計算社会科学者)の次のようなコメントを載せた。

「日本も含む世界的な現象として、SNSでの発信が政治的な争いや選挙戦において、非常に効果的かつ影響力が強くなっているのです。情報空間を“ハッキング”(高度に利用)できる陣営が有利な中で、そこにニセ情報や誹謗中傷まで含まれているとすれば、民主主義にとっては非常に危険な状況です」。

 他方、『週刊文春』の同号の中で、文芸評論家の三宅香帆は連載コラム「令和新語採集」において「ドパガキ」というワードを採り上げていた。このことは、先の高市陣営による「動画作戦」の記事と照らし合わせてみると何やら象徴的に思えてくる。三宅は次のように書く。

 ドパガキ。ものすごい迫力の名付け。「ドーパミン中毒のガキ」の略なのである。ガキて!
 ようは、刺激をずーっとこまめに与えないと飽きてしまう、ドーパミンがどばどば出るような刺激に慣れた人のことを言う。ガキというのはまあSNS時代のZ世代、くらいの意味なのだろう。が、正直、ドーパミン中毒なのは十代だけでなく大人もそうなのではないか。スマホがなかったら電車を待つ時間何をしていたのかもはや全く想像がつかない!
 
 

 三宅はまた、「流行中のショート動画や、スマホゲームのような目まぐるしい展開やこまめに報酬をくれる仕組みは、ドーパミンが出やすい」と指摘する。人の脳内では、感情を左右する様々な神経伝達物質が分泌されている。ドーパミンは中でも「興奮」と関連付けられることの多い神経伝達物質として知られる。

アテンション・エコノミーと監視資本主義

 SNSや動画プラットフォームを見ていてうかがえるのは、現在はドーパミン駆動型の社会であるということだ。SNSでの扇動的な発言やショート動画の派手な演出は「感情」に直接作用する。そして、人々の感情を操作することが、ドーパミン駆動型社会においては一部の人々の喫緊の重要課題になりうる。たとえば、高市陣営のような政治的権力を握りたい人々にとっては。

 ドーパミン駆動型社会はアテンション・エコノミーと密接に結びついている。大雑把に言えば、アテンション・エコノミーとは、人々の「注意」や「感情」を希少資源として奪い合う経済のあり方を指す。SNS、動画プラットフォーム、ニュースアプリなどは、ユーザーの滞在時間、クリック、スクロールなどの反応を増やすことで広告収益を得ている。そのため、穏当で重要な情報よりも、興奮、怒り、不安、好奇心、承認欲求といった「感情」を直接的かつ効率的に刺激するコンテンツが優先されやすくなる。アテンション・エコノミーによって人々はドーパミン中毒になり、ドーパミン中毒はアテンション・エコノミーをさらに加速させる。まさに悪循環だ。

 アテンション・エコノミーは監視資本主義と表裏の関係にある。監視資本主義とは、これも大雑把に言えば、ユーザーの行動データを収集/分析し、それを予測や誘導に利用して利益を生む資本主義の形態を指す。たとえば、Google、Meta、Amazon、Xなどの巨大プラットフォームは、検索履歴、位置情報、購買履歴、閲覧時間、「いいね」、投稿内容といった大量のデータを集め、それを広告配信やレコメンド、行動予測に活用している。

 監視資本主義というタームは誤解を招きやすいのだが、具体的な特定の誰かに「監視」されているというわけではない。むしろポイントは、収集されたデータによって、私が次に何を見るか、何を買うか、誰とつながるか、どの意見に触れるか、といった私たちのオンライン上における諸行動が常にアルゴリズムによって調整されている点にこそある。

 アテンション・エコノミーと監視資本主義の関係性をあえて一言でいえば、前者は私たちの「注意」や「感情」を捕捉して奪う仕組みであり、後者はそうした「注意」や「感情」にもとづいた行動データを用いて収益化する仕組みである。

 たとえばSNSでは、人々の感情を煽る投稿がタイムラインに表示され、ユーザーはそれに反応し、結果として滞在時間が延びる。その反応はデータとして蓄積され、「この人は何に怒るのか」「何に反応するのか」「何を買いそうか」といった推測に用いられる。そして、その推測にもとづき、アルゴリズムはさらに精密にターゲティングされたコンテンツや広告をユーザーに提示する。この循環的なフィードバックが、現代のプラットフォーム経済の基底をなしているのだ。

 こうした環境では、政治すら金儲けの手段に成り下がってしまう。『デイリー新潮』が今年の2月に報じた記事には、参政党や高市首相に関する政治系ショート動画を作成して月に最高400万円を稼いだという会社員の男性が取材対象として出てくる。とはいえ男性は高市首相を応援したいから動画を作成しているのではなく、単に人気のテーマだから(つまり金になるから)作成しているだけだと述べるのみだ。

 つまり、先の選挙戦では、「感情」を金に換えるアテンション・エコノミーと監視資本主義が土台にあり、そこに、金儲けのために政治系ショート動画を作成する一般人と、権力を得るために政治系ショート動画を作成する高市陣営の利害が、はからずも一致した。その結果、選挙の行方が大きく左右された、と言える。

 しかし、これは果たして、どこまで「民意」が反映された選挙だと言えるのだろうか。人々の感情はコンテンツ(そこにはデマや誹謗中傷も含まれる)によって操作され、アルゴリズムは人とコンテンツを媒介しながら、こうした趨勢をフィードバック・ループ的に加速させていく。かくして民主主義の土台は、アルゴリズムによって駆動された「感情」の支配によって、どこまでも掘り崩されていくというわけだ。

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