2年前の記者会見を振り返る——「読めばわかる」は通じない
栗原 2024年1月、『東京都同情塔』(※)の芥川賞受賞時の記者会見での「全体の5%くらいかな……おそらく生成AIの文章をそのまま使っているところがあるので」という発言が世界的に話題になって以降、九段さんの元にAI絡みの取材依頼が押し寄せたそうですね。もう2年半近く前になりますが、あの記者会見を振り返ってみて今、どんな思いを抱きますか。
九段 記者会見のわずか5秒ほどの間に発した言葉があんな形で拡散されたことには本当に驚きました。ただ、メディアの方たちがアクセス数を稼ぐために記事の中で「芥川賞受賞作にAIが使われた」ことを強調し、センセーショナルな見出しを付けたのはさもありなんといった感じで、その時点では私は楽観視していました。「5%くらい」というのは疲れと緊張もあって適当に回答してしまった割合で、実際にAIで生成した文章を使ったのは1ページにも満たないのだし、その使い方も含め「読めばわかるでしょ」と思っていたのです。だからSNSで「AI作家から賞を剥奪しろ」「伝統ある賞を汚すな」といった言葉が飛び交ってもさほど気にはならず、むしろ家族や友人、編集者さんに心配をかけてしまい申し訳ない、という思いが強かったくらいです。でも、実際には事態は長いこと収束せず、ひたすら誤った認識が一人歩きをつづけてしまいました。なぜかと言えば、多くの人が受賞作を読まずに批判したり意見を述べたりしていたからです。
栗原 人と人は言語を使ってそれなりに意思疎通を図っていますが、同じ言葉を間に挟んでも自分がイメージしたことと相手がイメージしたものが完全に一致することはありません。人間の内面は個性とバイアスに満ちており、わずか5秒間のコメントでも受け手の思惑ひとつで意味を捻じ曲げられるし、「AIにクリエイティブなことはできない」「AIが人間の仕事を奪う」といったネガティブなイメージを持つ人がそうした記事に触れることで作品はさらに九段さん当人から遠く離れたところに運ばれてしまいます。何万字も言葉を尽くして生み出された小説そのものと向き合わず、一部の報道だけを見て拡散や炎上に加担するのは言語道断ですね。
九段 「中身を読めば何の問題もないことがすぐわかるんだから大丈夫」ではまったく通じないということを痛感しました。昨今、多くの人がキャッチーな帯文やSNSの情報がないと小説にアクセスしないこともわかったし、よく言えばですがすごく勉強になりましたね。栗原先生が手塚治虫の新作をAIを使って制作するプロジェクトを手掛けた際にも、イメージだけが勝手に広がったり批判されたりといったことがあったかと思うのですが、どうでしたか。
栗原 2020年、手塚作品をもとにディープラーニングで世界初の AI デザインによる新作漫画『ぱいどん』を制作した「TEZUKA2020」の時は、まだ生成AIが登場する以前だったこともあり、世間の拒否反応は薄かったですね。ところが2023年にAIを活用した『ブラック・ジャック』の新作を制作した「TEZUKA2023」では、6月に報道発表を行った段階でSNSを中心として賛否両論の議論が巻き起こり、「このプロジェクトに携わっている連中はみんな死んでしまえ」といった書き込みもありました。ただ、このプロジェクトにおいてはAIはあくまでもサポート役であり、実際に絵を描いて仕上げるのは人であるという点を強調して発信したところ徐々に炎上は収まり、11月に実際の作品ができた時にはほぼ炎上はありませんでした。純文学と漫画の違いも大きかったと思います。